第5話

「これからお前にやってもらうのは、この7つの魔法陣を頭に思い描き、実際に魔法を使ってもらう」


 そう言うと、アリス師匠は懐から一冊の薄い冊子を取り出した。冊子、とは言え自分で作ったものなのだろう。ただの紙が左側でノリでまとめてあるだけの質素なものだった。


「ここに7つの魔法陣を描いておいた。これをそっくりそのまま頭に思い描け。そのあと、その思い描いた魔法陣に魔力を流すイメージをしろ。そうすれば魔法が使える。なに、どの魔法も簡単なものだ」


 俺はアリス師匠から手渡された冊子をぺらぺらとめくる。なるほど。確かに簡単な形をしている。どの魔法陣も基本的には円の中に三角形と逆三角形が重なったような図形が入っている。属性によって少し細かい線や点が入っていたりするがほとんど誤差みたいなものだろう。


「これを頭に思い描けばいいんですね?」

「ああ、そうだ。適性のある属性ならばそのまま魔法が発動する。だが、適性がない場合はいくら魔力を流しても魔法陣を思い描いても魔法は発動しない」

「わかりました。ではやってみます」 


 俺は手始めに冊子の一番最初のページに書いてあった、「火」属性の魔法陣を頭に思い描いた。その後は魔法陣に魔力を流し込む……!


「できた…!」 

「ふむ。火属性の適正はあるようだな」


 魔法陣に魔力を流し込むと、手のひらの上に火の玉が出来上がった。不思議なことに火の玉が手のひらのすぐ上にあるのに、俺は熱さを感じない。

 魔法陣に魔力を流し込むのを中断すると、火の玉は消えた。なるほど。魔力が燃料の代わりか。


 俺は手に持った冊子の次のページをめくった。

 そのページにも似たような魔法陣が書かれてある。俺はその魔法陣を頭の中で思い描き、魔力を流し込んだ。


「ぃよし!」

「ほう?」


 今度の魔法は水魔法で、手の上には水玉がふよふよと浮いていた。魔力を止めるとやはり水の玉は消えた。消えたというか、そのままビシャッとなって俺の手を盛大に濡らした。


 その後も俺は魔法を試し続けた。結果わかったことがある。コイツの才能は化け物だったということだ

 なんと俺は全属性を扱うことが出来たのだ。雷も風も光も闇も全部だ。これにはさすがのアリス師匠も驚いていた。100年、いや1000年に一度くらいの逸材らしい。すげぇじゃん、ウィリアム。まあ、この才能があだとなってクソみたいなやつに育ってしまったんだが。ちなみに、無属性魔法は属性適性もクソもないのでだらでも使える。


「驚いたぞ。さすがに全属性に適性がある奴は見たことが無い。だが、これで何の気兼ねもなく訓練ができるな。最初に言った通り、魔法は術者本人の想像力と魔力量に依存する。いかに早く魔法陣を構築できるか、いかに多くの魔力を使って戦うことが出来るかが魔法戦のミソだ」

「はい!」

「それではさっそく始めるぞ」

「はい!」


◇◆◇◆


 午後はゼウスとの特訓だ。

 昨日、彼は明日からは剣を持って実際に訓練をする、と言っていた。楽しみだ。


「では、これから型の練習をしていきましょうか」

「型、か…」

「今、ウィリアム様は私の言葉を聞いて少し落胆されましたか?型なんかやる意味なくない?と」

「いや、さすがにそこまでは思ってはいないが……。お前のことだ。いきなり実戦形式で俺のことをボコボコにするのかと思ってた」

「私はそこまで性格は悪くありませんよ」


 よく言うぜ。俺のことをさんざんしごきにしごいたくせに。


「型は剣術の基本です。基本の方から覚え、実践に向けて応用していく。それが剣術というものです。以後お忘れなきように」

「わかった」


 俺は素直にうなずいた。正直に言って剣術に関して俺は一ミリも知識がない。魔法については、ここがゲームの世界であることから、よくある魔法陣やら想像力やらで大体は理解できた。だが、剣術に関してはどのゲームもラノベもあまり深く触れられていない。そのため、俺はおさわり程度の知識さえ持っていないのだ。

 そのため、俺はゼウスの言葉のままに鍛錬を始めた。


「では、剣の持ち方から行きましょうか」

「ああ」

「まず、手の角度としては……」


 こうして、俺の剣術の訓練は始まった。


◇◆◇◆


 あれからさらに一か月がたった。

 魔法の鍛錬も剣術の鍛錬も順調に進み、かなり大きな飛躍をしていた。


 俺のベースである「ウィリアム」がすごく才能があった、というのもあるが、アリス師匠からのスパルタ教育と俺の努力も相まって、今では魔法では自分のオリジナル魔法を造ることもできるようになった。最初は魔法陣の理解ができずに戸惑ったが、あれやこれやと試行錯誤を続けるうちに、なんとなく魔法陣に対する理解が深まり、ついにオリジナル魔法を造れるようになったしまったのだ。恐るべし圧倒的才能だ。


 剣術についても、俺が全くの無知だったにもかかわらず、めきめきと上達していった。その理由としてはやはり、ベースである「ウィリアム」の才能、としか言いようがなかった。あと厳しい訓練に耐えた俺の精神力。

 考えれば考えるほど、「ウィリアム」がなぜこうも救いようのないクソに成り下がってしまったのかがわからない。まあ、ゲームだからストーリー上そうしただけだと思うが。だが、もし現実にコイツがいたとしても同じ結果だったんだろうな。だって性格をしているんだから。


 とにかく、俺はこのたった一か月の間で師匠二人と、ぎりぎりほどの力をつけることができたのだ。


 だが、これで安心してはいけない。この世界はゲームの世界。基本的にストーリーにそって物事は進んでいくだろうが、俺のようなものがいるかもしれない。要するに「バグ」。もしかしたら、主人公も俺と同じように改変が起こっているかもしれない。原作よりも強くなっているかもしれない。それを考えると、俺は安心することなんてできなかった。だから俺はこの先も努力し続ける。圧倒的な才能におぼれたコイツの様な破滅なんて迎えたくない。


 入試試験まで残り1か月。俺はその日まで怠ることなく努力を続けることを胸に誓った。

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