第2話

 俺は自室のベットに腰を掛け、転生した事実を飲み込み、いったん心を落ち着かせた。

 それにしても、これから一体どうしようか…。後3か月後までに俺は強くなって主人公に倒されないだけの力を身に付けなければいけない。だが、例えば剣術を教わろうにも誰に教えてもらえばいいのやら…。うん?まてよ。そういえば適任者がいるじゃないか。


 俺はバッと顔を上げると目の前に立っている老執事に声をかけた。


「あ、あの!ゼウスさん!あなたに教わりたいことが…」


ぐうぅぅぅ。


 と、その時、間抜けた音が部屋の中に響いた。その音を聞いたゼウスさんは微笑みながら口を開いた。


「お昼時ですし、とりあえずお食事にしましょうか」

「はい…。お願いします」


 俺は赤面しながらも、素直に食事をお願いした。


◇◆◇◆


「う、うまい…!」

「す、すみません!すぐに別の物をご用意いたしま……へっ?」

「え?」


 俺は今、リビングに移動し、食事をとっている。目の前の大きなダイニングテーブルの上には、豪勢な食事を並んでおり、とてもおいしそうだ。というか実際、一口食べた瞬間思わず声が漏れてしまうほどうまいものだった。

 

 ただ、料理自体には何の問題もないのだが、俺の後ろの壁際に並ぶ料理人たちの方が俺は気になっていた。なんだかみんなが緊張した様子で俺のことを見ているのだ。


 俺がナポリタンらしきものを一口、口に運んだ時に、思わずうまい、と零すと料理長らしき人がいきなり謝り始め、いきなり驚き始めた。へっ?なんて反応をする人を、俺は初めて聞いた。

 その変な反応に俺も思わず聞き返してしまったが、料理長は言いづらそうにしながらも慌ててこう答えた。


「い、いえ。いつもなら皿を投げつけて怒鳴り散らすのに、今日はそんなことは無いんだなと。すみません」


 ……「ウィリアム」ってそんなこともしてたの?ただのやべーやつじゃん。自宅での食事シーンはさすがに制作されていなかったため知らなかった。


「あー、そのー、じ、自分の過ちについて理解したので、これからはそのような事はしないと約束します。今まですみませんでした。これからは食べ物を粗末にしません」


 とりあえず俺は料理長に謝っておいた。俺がやったことではないとはいえ、周りから見れば俺がやったことになっている。「キング・オブ・クソ」なんて俺は言われたくないから、汚名を晴らすことに専念するとしよう。


 とにかく、俺は料理長に謝ったわけだが、どうやらみんなの様子がおかしい。壁際に並んだ8人の料理人たちと料理長、それにゼウスさんまでもが、まるで信じられないような光景を見ているような顔でポカンとしている。


「え?え?皆さんどうしました?」

「う、うぅぅ。ようやく、ようやくウィリアム様がまともになられたぁ!」

「それに、よく聞くと敬語を使っていらっしゃる!」

「ぃやったー!」

 

 と、料理長が号泣し始めた。周りの料理人たちも、そしてゼウスさんまでもがすすり泣きを始めたのだ。

 きっと今まで「ウィリアム」に相当苦しまられてきたのだろう。何をしてもクソみたいなことしかしなかった奴が、自分で言うのもあれだがまともな言動を取り始めたんだ。喜ぶのは当然のことだろう。当然の事、なのだが……ここまで?そんなに泣くことかな?


 これからはこの人たちに感謝の気持ちをしっかりと伝えようと心に誓った俺だった。


◇◆◇◆


「では、ウィリアム様。ぐすっ。お話とは何でしょうか?ぐすっ」

「……」


 食事が終わり、俺たちは自室に戻った。

 すすり泣きをしながら、ゼウスさんが食事の前に俺が言いかけたことを聞こうとしてくる。話したいけどとりあえず泣き止んでくれないかな…。なんかちょっと話しづらい。


「え、えっとぉ。その俺にいえ、僕に剣術を、および魔法の指導をしていただけないでしょうか?」

「な、なんと!まさかウィリアム様自ら鍛錬をしたいとおっしゃるなんて。ううぅぅうぅ」

「……」


 また泣き出した。これじゃ一向に話が進まない。


「それにしても、なぜ私に?」

「え?あ、いえ、ゼウスさんて確か前王国騎士団団長でしたよね?」

「はい。そうですが…。なぜウィリアム様がそれを?」

「い、いやぁ!ち、父上に聞いて…」

「そうですか…」

 

 嘘だ。真っ赤な嘘だ。なんならコイツの父親は多忙なためほとんど家に帰ってこない。だから「キング・オブ・クソ」とか言われている奴に将来への期待をかけられたのだ。


「と、とにかく。僕は入試試験までに強くなりたいのです。父上からの期待に応えたい。みんなからの期待に応えたい」


 俺は大真面目な顔でゼウスさんにそう言い切った。そっちの方が説得力あるかな、なんて思ったからだ。なんか更正したって感じしない?


「ふむ。前線から引き、老いた身ではありますがウィリアム様が望むとなればよろしいでしょう。剣術の指南をさせていただきます。しかし、私は魔法の方はお恥ずかしいことながらあまり得意ではありません。そのため、適任者を雇いましょう」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 そうか…。魔法の方は別の人が指導するのか。誰が指導してくれるのだろうか。原作知識を持っている俺は魔法が得意なものを何人か知っているが、どのキャラもストーリー中盤辺りに出てくるキャラなので、俺の指導者として雇われることはなさそうだが……。


「入試試験日となると、残り3か月ですね。そうすると明日からにも鍛錬を始めた方がよろしいかと…」

「はい。じゃあ、明日からでよろしくお願いします」

「畏まりました。ウィリアム様。それと一つ忠告です。あなた様がお受験なさるのは精鋭たちが集まるエリート学園。その学園に入学するためには3か月という短い期間の鍛錬になりますので、かなり厳しいメニューとさせていただきます。ご承知おきを」

「はい。覚悟の上です」

「わかりました。それでは指導者の手配をしてきます。それと……わたくしの様な一介の執事に敬語はおやめ下さい。なんだか変な感じがしますので」


 ゼウスさんは部屋を出る直前に振り返り、最後にこう付け足した。ふむ、年上の人に敬語を使うのは当たり前だと思っていたが、確かに執事からしたら違和感だろう。元々は暴言ばっかり吐いているクズだったのだから。


「わかった。これからは敬語は使わない」

「ありがとうございます」


 そう言うと、ゼウスは今度こそ部屋を出て行った。

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