#春の舞、季節は移ろう…… 12

         ***


 消火活動は夜通し続けられた。村人たちの懸命な作業の甲斐もあり、夜明け頃には、ようやく鎮火の兆しが見えた。

 だが、彼らに息つく暇などない。夜の闇が去り、明けた空が照らす大地には、昨日までは存在していたはずの日常が消え失せ、変わり果てた光景のみが広がっていた。


 自然豊かな田園風景は見る影もなく、残されたのは、倒壊した家屋と焼け焦げた大地だけ。

 無傷な建物はほとんどない。もうじき収穫予定だったはずの畑の野菜も、村の物流を担う商店も、寝食を過ごす村民たちの家々も、等しく焼け落ち灰と化したのだ。


 昨日の結婚式から一転、村には暗く重たい雰囲気が漂っている。


 うなだれている者。声を上げながら泣いている者。家が焼け落ち、先行きの見えない未来に呆然としている者。

 そんな村人たちを見ていると、心が痛くなる。出来ることをやったつもりだった。だけど、もっとやりようがあったのではないかと、ユリアは考えずにはいられない。


 村の一角に固まって待機していたユリアたち騎士に、村の代表は、救ってくれたことに感謝を述べた。しかしその表情は明るくはない。団を率いるエドガーも、手放しで喜べる状況ではなく、返す言葉に窮していた。


 村の代表が去ったあと、騎士たちは、昨晩の襲撃に対する見解を交わした。


「まずは、みんなご苦労だった……」


 顔にすす汚れをつけたエドガーが、ねぎらいの言葉をみんなにかけた。普段は活力にみなぎる彼も、一夜とおして働いていたため、濃い疲労の色が見える。


 周囲の重たい空気に引っ張られ、なかなか会話が進まない。

 それでもエドガーは、団を率いる立場の人間だ。部下への配慮は忘れなかった。


「オリバー、お前は嫁さんに顔を見せてやれ。心配してるはずだ」


「けど、隊長──」


「後のことは俺たちに任せろ……な?」


 本来なら昨日の晩は、心のゆくままに騒いで飲んで、日頃の不安すらも忘れて、幸福に満ちあふれた二人の末永い未来を祝うはずだったのだ。しかし、平穏は打ち砕かれた。

 今のエドガーから、せめてオリバーに与えられるものといえば、愛する人と寄り添う時間くらいなものだ。


 オリバーは少しのあいだ考えたのち、ありがとうございますと言って、その場を離れていった。

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