#春の舞、季節は移ろう…… 11


 オリバーの戦い方はいたって単純だ。“殺られる前に殺る”、あるいは“生き残った者が勝ち”と非常に明確なものだ。

 得物の扱い方も、粗野で力任せとしか言いようがなく、ゆえに、彼に対しては戦略的駆け引きなど通用しないし、相手に思考するわずかな時間すらも与えない。

 野生動物の狩りとなんら変わらなかった。


 そばにいた襲撃者たちは、まるで森のなかで獰猛な獣と出くわしたみたいにひるんでいる。


 その隙にユリアも井戸の陰から出ていき、オリバーが登場した反対側──襲撃者の頭がいるほうへと突撃した。


 かしらの前に立ちはだかる剣持ちの部下を後方へといなし、ユリアはさらに肉薄する。

 そして彼女は、自らの血を含ませた刃を、身をひるがえしながら振り薙いだ。すると、刃の特殊な金属と血液が反応を起こし、あやしい赤い霧が立ち込めた。

 むっとするほどの濃密な甘い匂いが、襲撃者二人の鼻腔を刺激する。


「こんな目くらましなんざ……!」


 襲撃者の頭は、背なかを向けて無防備をさらすユリアに拳銃を向けた。ところが、引き金を引く指が動かなかった。全身の筋肉が硬直を起こし、制御が利かない。


「身体が、動か……な、い……!?」


 自分の身になにが起こったのか、彼は見当も付かなかった。

 やっとの思いで後ろを見れば、部下も同様に金縛りにあっているみたいだった。


「“後ろを向け”」


 ユリアの言葉に従い、襲撃者の頭の身体は勝手に動いてしまった。まるで、見えない糸にでも操られているみたいだ。彼の困惑は頂点に達した。


「お、お頭……な、なにを……?」


 構えた拳銃の照準上に、身動きを封じられた部下が重なっている。

 襲撃者の頭の脳裏に嫌な予感がよぎる。額から、一筋の汗が伝って落ちた。


「“撃て”」


 ユリアは低めた声で冷酷に命じた。


「た、助けて……おかし──」


 部下が言い切るよりも前に、望まない一発の銃弾が仲間の命を無慈悲に奪っていった。


「げ、外道が……!」


 襲撃者の頭が、憎々しげにユリアをののしる。今すぐにでも、顔色の悪いこの娘の眉間に風穴を空けてやりたいが、残念ながら、彼の身体の制御権は彼女が握っていた。


 ユリアの血液には、【不死者ノ王】の特別な力が秘められている。襲撃者の頭に施した術もその一つで、“魅了”と呼ばれる、相手を催眠、服従させる業だった。


 ユリアは顔を上げて、オリバーのほうを確認した。彼も自分のやるべきことをし終えたらしく、ユリアに合流してきた。


「こっちは全部片づけたぞ。んで、どうするよ? この野郎には、たっぷりと礼をしてやらねえとなぁ!」


 身動きの取れないこの男のど笛を、今にも噛みちぎってしまいそうな勢いのオリバーだったが、ユリアはなだめた。


「待て、こいつには話してもらうべきことが山ほどある。まずはエドガーと合流しよう」


 戦闘は終わった。ほかに敵の気配がないことを確認したのち、ユリアたちは村人と協力して、火消しの作業に移っていった。

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