#春の舞、季節は移ろう…… 9


 ユリアは身体にひねりを加えながら大きく跳躍し、背後にいた拳銃を持つ男の眼前に着地した。

 瞬きする間に距離を詰められた男は、あわてて引き金を引くも、姿勢を低くした彼女に弾丸はかすりもしない。

 ユリアは、突進の勢いを軍刀に乗せつつ男の腹を突き刺し、自身よりも重いその巨体を片手だけで持ち上げてから地面に叩きつけた。


 その一連の動作だけで、ユリアがただ者ではないと証明するには十分だった。


 倒れて動かなくなったままの男を見下ろしながらユリアが立つと、背後からべつの手下が剣で斬りかかってきた。


 個々の力が拮抗きっこうし、一瞬の油断が命取りとなる戦場において、片腕がないのは、それだけで大きな障害と言える。しかしユリアは、そんな障害などものともせず相手と渡り合っていた。

 持ち前の卓越した剣技に加えて、失った左腕を補うかのように習得した、蹴りを交えた独自の体術は、彼女の戦い方を、より柔軟でより力強いものへと昇華させた。

 まさしくそれは、人を殺すためだけに編み出され、無駄を削ぎ落とし、極限まで研ぎ澄まされた業と言えるだろう。


 先読みの困難な不規則な軌道を描くユリアの剣戟けんげきは、守りに入った相手の精神を揺さぶり──かと思えば、剣の連撃に挟んで不意打ちぎみにあびせてくる強烈な回し蹴りが、襲撃者の男を防御の上から肉体的にも精神的にも消耗させた。


 くるりくるりと、ユリアは身体をコマのように素早く回転させて剣を薙ぎ、続けざまに低い位置で足払いを繰り出した。

 男は飛び退き、かろうじて転倒を免れたが、地面から足を離した時点で彼の運命は決まったようなものだった。


 宙に囚われたわずかな隙に差し込むように、ユリアは軍刀を男の首すじへと突き立てる。狙い澄ました一撃は、絶命には事足りた。貫く刃が引き抜かれたとたんに、男は首から血飛沫を撒きながら即座に死へと誘われた。


 襲撃者の頭は劣勢と判断したのか、残った部下一人を引き連れて、通りの奥へと逃げていく。ユリアもすぐにあとを追いかけた。


 村の中心から外れ、家屋が集中する区画に到達したところで、襲撃者の頭とその部下は逃げるのをやめた。逃げられないと悟り、応戦するつもりらしい。


 向けられた銃口にとっさに反応したユリアは、近くの遮蔽しゃへい物へと滑り込む。直後、乱射された銃弾の雨が、盾になった木箱や樽に穴を空けた。


 当然ながら銃器は、遠距離からの一方的な攻撃は得意な反面、弾の再装填には大きな隙をさらしてしまう。

 だからユリアは慌てず、射線が切れるその瞬間を虎視眈々と狙って待った。


 そしてその時はすぐにやってきた。


 ユリアは物陰から飛び出し、一気に加速して、襲撃者の頭たちが潜んでいるであろう建物の陰へと距離を詰めはじめた。


 ところが、突如ユリアは背なかに強い衝撃を受けて倒れ、地面に顔面を強打した。

 予想外のことでわずかに驚きはしたものの、心は冷静さを保っている。


 襲撃者の頭が陰から出てきて、ユリアの後方へと呼びかけた。


「今だ、やっちまえ!」


 彼の視線の先には、回転式拳銃を構える男と、近接武器を携えた新たな仲間が数人いた。


 襲撃者の頭がユリアの気を引いている間に、背後から接近したべつの仲間が奇襲したのだと理解した。


──誘い込まれたのだ……


 襲撃者の男は、はじめから逃げるつもりなど皆無だった。そうするように見せかけて、べつの襲撃者と合流して、ユリアを叩くつもりだったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る