#春の舞、季節は移ろう…… 7

         ***


 披露宴会場となった邸宅と村のあいだには、曲がりくねった林道が続き、それなりの距離が離れていた。

 それでも、邸宅から村の方角を見上げれば、夜空が異様に赤く染まっているのがわかる。


 万が一の事態に備えてミミは邸宅に待機させ、ユリア、オリバー、エドガーの三人は村へと急いだ。


「クソがっ! いったいどこの馬鹿どもの仕業だ!?」


 一歩先を行くユリアのすぐ後ろから、オリバーが心底苛立たしげに言葉を吐き捨てる。


「まさに、招かれざる客だな」


 落ち着きを払った低音の声で、皮肉っぽく返すのはエドガーだ。


「今日ばっかりは笑えねーっすよ、隊長」


「だからといって、騎士が感情的になるのは厳禁だ。剣の切っ先が鈍るぞ、オリバー」


「わーってますよ、“血まみれ将軍”殿!」


 “血まみれ将軍”とは、過去のとある戦いにて、エドガーの姿を見た仲間がつけた彼の異名である。


「つーか、あんたのほうこそ、へべれけのままで剣が振れんのかよ?」


「とにかくだ、人命救助を優先しろ。逃げ遅れた村の連中に、林道先の邸宅まで逃げるよう指示するんだ。少なくとも、あそこなら安全だろう。ミミと彼女の魔法がある」


 それとユリア、とエドガーに呼びかけられ、彼女は走りながら後方に目をやった。


 鼻の目立つ位置に横一文字の傷痕を走らせる我らが部隊長は、枯葉色の髪を刈り上げた、実年齢よりも若々しい印象の壮年の男だ。角張った顔立ちに、力強さを感じさせる太い眉が特徴の、がっちりとした体躯を誇る高身長の持ち主である。

 その彼が、外見に似合った低い声でユリアに指示を出す。


「お前は……まあ、いつも通りだ。自由に暴れてこい」


「わかったよ、エドガー……」


 二人の関係性は、ほかの仲間たちみたいな隊長と部下というよりも、飼い主と凶暴な猟犬と表したほうが的確かもしれない。


 鬱蒼うっそうとした林道を抜けるなり、三人の視界に飛び込んできたのは、いたるところで激しい火の手を上げる変わり果てた村の光景だった。赤く染まった夜の空間に無数の火の粉が舞い、離れた距離からでも、肌に触れる熱の感覚が伝わってくるようだ。


 三人は手分けをして生存者の救助を開始した。

 ユリアが担当したのは、食料や金品がもっとも蓄えられた村の中央区画だった。当然、襲撃者と会敵する危険を特にはらんでいたが、だからこその人選とも言えた。部隊でいちばんの戦闘能力を持つのがユリアだからである。


 燃える周囲を注意深く観察しながら、逃げ遅れた村人や、潜伏した敵の気配を探っていく。ところがユリアは、すぐに一つの違和感を覚えた。


「妙だな……略奪の痕跡がまったくない……」


 村の家屋や店舗、そのどれを見ても、荒らされた形跡を発見できない。


 ここは比較的裕福な村だ。建物の一軒や二軒をくまなく漁っただけでも、価値あるものはそれなりに手に入れられるはずだ。ところが、そんなものには見向きもされていないのが実情である。


 それに加えて、村人の死体がほとんど見当たらない点も納得がいかなかった。村を守るべく銃を手に取り、勇敢に立ち向かった結果あえなく散った命を除けば、ほかにいたずらに流れた血はないと断言できた。


 無慈悲な虐殺と、一方的な略奪のあとに、家屋に火を放つのなら話はわかる。しかし襲撃者たちは、まるで村に火を放つこと自体が目的であるかのように、放火を繰り返しているみたいだった。


 不審な点が数多ある今宵の襲撃に、ユリアが思案を巡らせていると、中央広場に人の気配を察知した。

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