#春の舞、季節は移ろう…… 5


「肉、肉、肉……! 相変わらずとんでもねぇ食いっぷりだなぁ!」


 ユリアの取り皿にこれでもかと盛られた、肉料理の茶色い山脈を見て、オリバーが苦笑まじりに声をかけてきた。


「悪かったな、食いしん坊で!」


「寝る子は育つ! 食う子も育つ! べつに良いと思うぜ、俺は!」


 そう言いながら彼は、ユリアと卓を挟んで向かいの席に座った。


「おまえは素直でいいな……」


 褒められたオリバーはにっと笑い、ギザギザに尖った白い歯を見せた。


「へへっ、俺は誠実さだけが取り柄だからよぉ。あんたみたいに、性格ひん曲がってねーんだわ」


「花嫁はどうした? 放っておいていいのか?」


「乙女ってのは、男が想像するよりも人を喜ばせるのが好きで、繊細せんさいなのさ……」


 オリバーは頬杖をつきながら、ユリアの皿に手を伸ばし、肉をつまみ食いした。誰も、食べて良いとは、ひと言も言っていないのだが……。


「まわりくどい言い方はやめろ。おまえが賢い奴の話し方をまねても、馬鹿に見えるだけだぞ」


「んなっ!? 俺は馬鹿じゃねぇ!」


 オリバーは、ドカドカと勢いよく立ち上がった。瞬間的に頭に血がのぼるのは、彼の欠点だ。


「ただ、ちょっと……考えて動くのが嫌いなだけだ! じゃあ勝負しようぜ! 俺は座学より実戦重視の騎士だからよぉ! 馬鹿じゃねぇってことを証明してやるよ!」


 どうして喧嘩の勝敗が頭脳の優劣に繋がるのかはさておき、ユリアは余裕の態度でグラスを傾けながら聞いた。


「ほぅ、本気で私とタイマン張るつもりか? 拳か? それとも剣か? なんでも好きなやつを言ってみろ。どんな条件でも相手になってやるぞ」


 ユリアがジロリと睨みつけると、オリバーの威勢が急激に減衰した。


「あっ、いやぁ……あんたとは、ちっと分が悪いかな……」


 これまでも、今の状況と同じく、すぐカッとなったオリバーが、ユリアに勝負を挑むことが度々あった。しかしながら、そのつど彼は灸を据えられてきた。ちなみにその際、ユリアが本気を出したしたことは一度たりともない。

 そんな過去の苦い経験を思い出したのか、オリバーは席に座り直すと、目に見えてしょげてしまった。


「それで、なんで私のもとへ来た?」


「アリアは今、お色直しの最中なんだよ。暇だから来てやったんだ」


 アリアは彼の恋人──もとい妻の名前だ。


「だとしても、だ。おまえくらい顔が広い奴なら、私なんかより、もっといい話し相手がいるんじゃないか?」


「どうせあんたのことだ、隅っこで独りさみしい思いをしてんだろうな、って思ったら、案の定だった、ってわけよ」


 二つ年下の男に心配される必要なんてないと、ユリアは内心ムッとする。


「べつに──」


 ユリアが言いさした瞬間、そこから先は、オリバーと声が重なった。


「「来て欲しい、なんて頼んだ覚えはない……」」


「むっ……!?」


 予想外のことにユリアは、彼に読心でもされたのか、と灰色の瞳を瞬かせた。

 オリバーの、左右でやや大きさの異なる目が、ニヤリと弧を描く。


「そう言うと思ったぜ!」


 オリバーはギャハハと大声で笑った。子ども染みたいたずら心を抱えたまま、身体だけが大人になった青年に、ユリアは深くため息を吐いた。


「頼むから、静かにするか、ひとりにさせてくれ……」


 オリバーは、良くも悪くも真っ直ぐな性格をした人間だ。彼には遠慮というものが備わっていない。とはいえ、他の人たちとは異なり、ユリアに対しても変に気を遣って接してこないため、彼女も、相手をしていて気が楽で良かった。

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