#春の舞、季節は移ろう…… 3


 ユリアの存在に気づいたミミが、こちらにちょこちょこと近づいてくる。


「あっ、良かった! 先輩、来てくれたんですね!」


 二人きりの状況とはうって変わり、ミミはにこやかに話しかけてきた。


「けど、その格好……」


 会場内にいる誰もが、相手に対して失礼のないよう、一張羅いっちょうらの服にそでを通しているというのに、ユリアときたら、賊の討伐など、普段仕事をするときの格好でやってきたのだ。


 所属する部隊を象徴する黒色を中心とした装いに、そのなかでも目を引くのは、ひざ上まで丈のある特徴的な長いブーツだ。それは、彼女のすらりとした脚の線を、より美しく、よりしなやかに魅せ、力強くも妖艶な印象を見る者に抱かせた。しかし、やはりと言うべきか、その格好は祝いの場にはふさわしくない。

 挙げ句の果てに、当然のように腰に差していた銀色の軍刀サーベルが目に留まり、ミミはあきれて言葉も出なかった。


「せっかくミミが用意してあげたドレスは?」


 ユリアは首を横に振った。


「私には少し派手すぎる……」


「なら、せめて表情だけでも明るくしてくださいよ」


「すまない……こういうキラキラした場所は苦手だ……。やっぱり、私は先に帰ってる……」


 と、言い訳をして、きびすを返そうとしたユリアの手を、ミミはすかさず掴んだ。それから、すっと顔を近づけて耳打ちした。


「先輩、ミミに恥をかかせるつもりですか?」


 ミミの冷ややかな言い方に、ユリアは喉もとに刃物をあてがわれたかのような錯覚を覚える。だから怖くて、生唾を呑み込んだ。


「身勝手にも程があんだろ?」


「す、すまない……」


 正論を突きつけられたユリアは、謝ることしかできなかった。


 あからさまな舌打ちをしたミミは、そこで感情の流れをいったん切り離した。


「ほら、オリバーだって、先輩からのお祝いの言葉を待ってますよ、ねっ?」


 上目遣いをしながら、後ろで手を組んで後ずさったときには、すでにミミは、に戻っていた。


「ま、無理強いはしませんけどね」


 それだけ言い残して、ミミはみんなのもとへと戻っていく。


 ユリアはその場に留まり、少しの間、自分自身と問答した。

 賑やかな場所が苦手というのは、所詮しょせんは建前だ。本心はもっとみにくくて、別のところにあった。


 ユリアは視線を、幸せの渦の中心へと向けた。


──単純に、ねたましいのだ。


 誰かが幸せそうな姿を見ると、どうして自分だけが不幸を背負わなければいけないのか、と思わずにはいられなくなる。

 好転しない目の前の現実に嫌気が差すし、他人の幸福を素直に祝ってあげられない、自身の歪んだ思考にも罪悪感を覚える。


 とにかく、やるせなさに押し込まれて、胸が張り裂けそうな気分だった。


 今すぐにでも宿に戻って、頭から布団をかぶって自分の殻に閉じこもりたかったが、これも良い機会だ。ミミの言うことに従い、もう少しだけ、宴会の場に留まろうと思った。

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