#春の舞、季節は移ろう……

#春の舞、季節は移ろう…… 1


 風になびく亜麻色の髪。振り向き際に流し見る、どこか憂いを含んだ緑瞳。淡い桃色に色づいた、つやのあるふっくらとした唇。


『ユリア……! 』


 少しいたずらっぽく笑いながら、鈴の音にも似たその声に呼ばれただけで、ユリアの胸は高鳴りを覚えたものだ。


 彼女が愛したリリィは、暗闇を照らす光であり、生きるための道しるべでもあった。


 困った人がいたら見過ごせないお人好しで、生真面目で常識人かと思えば、現実離れしたおとぎ話を簡単に信用してしまう、少し抜けたところもある不思議な人格。控えめで、遠慮がちな性格なのに、急に頑固になってユリアを困らせたりしたこともあった。


 だけど、彼女に振り回される人生なら、それも悪くはないとユリアは思えた。彼女が望むものは何でも贈ろう。願望があれば、この身を削ってでも叶えてあげたい。そう思える人なんて、ユリアはひとりしか知らない。


 だけどリリィは、もうこの世には存在しない……。


 その冷々として揺るがぬ事実を前にすると、ユリアはどうしようもない無力感に苛まれる。胸に生じた底のない悲しみの穴に、未来への望みも、現在を生きる気力も、過去に残した尊い思い出とぬくもりすらも、吸い込まれてしまう気がした。


 だから、毎夜のように、夢のなかでリリィに会いにいった。夢のなかで会える彼女は、やはり素晴らしかった。

 ユリアのひび割れた心の器が、少しだけ満たされるのだ。


 だけど、それは幻想だ。決して触れることなんて叶わない。夢のなかの彼女に近づけば近づくほど、むなしさが浮き彫りになるだけだった……。


 それでも、夢のなかでくらい、自分の欲望に正直にならなければ、ユリアの心はとっくに壊れていたはずだ。

 夢をみれば心に走るひびは数を増し、リリィのことを忘却の彼方へと置き去りにしてしまえば、それこそ自我は崩壊してしまう。


 いずれの結果に転んだとしても、ユリアの心は悲鳴を上げた。もう、どうしようもないのだ……。


 どれだけみじめで、情けなくて、不甲斐ないとわかっていても、リリィとの再会を願わずにはいられない。


 もう一度抱きしめあって、互いの気持ちを肌で感じて、幸福を分かち合いたかった。


 それが、ユリアのたった一つの願望だった。

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