#腐敗した心 9

         ***


 彼女を殺してしまうのは久しぶりな気がした。


 最近は、ユリアが絶命する見極めもわかってきたから、行動をともにするようになった当初と比べて事故死の確率はぐんと減少した。


 ミミとユリアだけの秘密の行為──“罪滅ぼし”と呼称するこの一連の行為にも、ミミは慣れたものだった。


 だけど今日は、勢い余って殺してしまった。そういうときは大抵、気が立っている場合がほとんどだ。

 では、なぜ苛立っているのだろうと、ミミは、ユリアの死体から離れて思案してみる。といっても、大方の原因はユリアで間違いない。


 さしずめ、夕刻の、幼い子ども相手に、彼女が善人面を働いたからだろう。


 自分が悪い、自分は悪人だ、と言っておきながら、良心を捨てきれずお節介をして、その上で自分には生きている価値がないと、矛盾を口にするところが、ミミのしゃくさわるのだ。


 ベッドの上に横たわる、憎い相手の無様な死に顔を見て、ミミは満足げに鼻を鳴らした。


 普段は無気力で、歩くしかばねのような存在でも、戦場に降り立った途端に彼女の様子は一変する。奥深くに眠った闘争本能を呼び覚まし、比類なき強さをもって、敵を瞬く間に蹂躙じゅうりんするのだ。

 彼女にかなう者は、敵はおろか、味方にもそうそうはしないだろう。ミミだって、ユリアと真剣に戦って、実力が通用する可能性は限りなく低かった。


 戦場に舞うユリアの姿は、圧巻のひと言だ。強く、気高く、たくましく、まさに、荒野に咲く一輪の黒百合のような存在だった。

 しかし、いかに高潔な花であれ、手折ってしまえば存外にもろいものだ。それはユリアとて同様ある。

 そのことを、ミミは一番よく知っていた。


 悪魔的な強さをその身に宿しておきながらも、ミミの前では、ユリアは枯れて朽ちた花も同然だ。

 ユリアの心は、ミミが完全に掌握しょうあくしている──そんないびつな関係性に、悪魔のような童顔の娘は、優越感と、後ろ暗い心の高揚を禁じ得ない。


「ミミがあんたを虐めるのが“心苦しい”? な~んてね、嘘に決まってんじゃん」


 ユリアには、もっと苦痛を味わってもらわないと困る。


「気に食わなかったんだよねぇ、はじめて会った時からさ……。自分が世界で一番不幸です、みたいな顔して」


 ユリアの顔が苦痛に歪む瞬間は、ミミとっての幸福だった。


「先輩ぃ~、あんた、やっぱ悪人だよ。私から奪ったものにも気づけないんだから……」


──死んでから数分が経過した。では、そろそろか……


「──かっ、はーっ!」


 と、それまで微動だにしなかったユリアが、突然息を吹き返した。

 長い間息を止めていた者が、酸素を求めるみたいに、彼女は咳き込みながら激しく呼吸を繰り返す。


「お帰りなさい、先輩」


 ミミは、なに食わぬ顔でそう言った。


 そこでユリアも、自分は死んでいたのか、と状況を把握する。


──私は……


 そう、ユリアは“死ねない”人間だった。俗に言う“不死者”である。それも、不死者のさらに上位の存在、【不死者ノ王ノスフェラトゥ】と呼ばれる、吸血鬼の王だった。

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