#腐敗した心 8


 この虐待まがいの食事は、ミミと行動をともにするようになってからの二年間、ほぼ毎日繰り返されてきたことだ。そして、彼女の悪意をはらむ接待は、むしろ、これからが本番と言えた。


 と、急に、ユリアの腹を鈍い痛みが貫いた。


 ユリアは息を詰まらせながら、おもむろに顔を上げた。そこには、不敵に微笑するミミの顔がある。


「……先輩?」


 美少女の皮をかぶった鬼畜が甘ったるい声でささやき、首を傾げる。そしてもう一発、彼女はユリアの腹を殴りつけた。


「──っんっぐ!?」


 捻りを加えて、腹に食い込ませるように強く……一度目より二度目、二度目より三度目と、ミミの拳は徐々に威力を増していく。


 それでもユリアは、激昂して反撃もしなければ、やめてと懇願することもしない。理不尽な暴力を甘んじて受け入れた。


 殴られるたび、腹から逆流して何かがせり上がってくるのがわかる。手で口もとを押さえて我慢していたが、とうとう限界を迎え、今さっき食べたばかりのそれらを嘔吐おうとした。


 吐瀉物の一部がミミの手にもかかった。汚らわしいものを見る目をして、彼女は顔をしかめたが、すぐに少しすっとした表情に変化する。

 前かがみになってき込む、ユリアの辛そうな姿に、興奮を覚えたからだ。


 いい気味だと、ミミは鼻で笑った。


「つらいですか? 苦しいですか? だけどリリィ様は、今の先輩よりもっと辛かったと思いますよ?」


 ミミの言葉に、ユリアはビクッと身体を強ばらせた。

 それはかせのように、もしくは呪詛のように彼女の心を縛り、正常な思考を妨げた。


 ミミは、ユリアをベッドに押し倒すと、馬乗りになって黒髪の娘の首に手をかける。


「先輩が言ったんですよね? 罰をくれ、って。だから私は、先輩の頼みを実行しているだけなんです」


 徐々に首を掴んだ手に力が込められて、気道が締め上げられていく。息をするのが苦しくなってきた。


「私だって、先輩にこんなことするのは心苦しいですよ。だけど、悪い人にはお仕置きが必要なんです……」


──彼女の言うとおりだ。私は、悪人なのだ……


 たったひとりの愛した彼女リリィすら護れず、あまつさえ、その尊い命すら奪ってしまった。なのに、自分だけはのうのうと生きている……そんなことが許されるはずがない。

 だからユリアは罰が欲しかった。痛みによって罪を浄化し、言葉と罵りによっていましめて欲しかった。


──どうか、私を許さないで欲しい……


──永遠に等しい時間を得たこの肉体とともに、けっして消えない罪を背負って生きていく……


 大切な人を失ってから五年……それが、ようやく見つけたユリアの“生きる意味”だった。


 ユリアの左目から、一筋のしずくがこぼれ落ちる。ちっ息で意識が朦朧もうろうとするなか、愛した人の幻影が、彼女の虚ろな瞳には映っていた。


「リリィ……さ、ま……ご、め…………」


 いつの間にか、首を締め続けるミミのことを、死んだはずの彼女と見間違えていたのだ。


 直後、ユリアの生命は活動を停止した。大粒の涙を瞳いっぱいににじませながら、これ以上にないほどの絶望に満ち満ちた顔のまま……。

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