#腐敗した心 5
「しかし! 破滅神は
激闘の果てに、創造神と彼に属する我らの先祖たちは、破滅神を討つことに成功したのです! ですが、犠牲は少なくなかった……。
ゆえに、我らレガシィ教団は存在する。過去の過ちを繰り返さぬよう、正義の心と、正しい歴史を未来へと語り継ぐために!」
そこで、ローブの人物は言葉を切った。そして、さらに続けた。
「しかし、理想だけでは未来を創造することはできない。
時には、心を鉄にして、悪を裁く冷徹さも必要なのです。自らの命を、家族を、愛する者を、冷血な魔の手から守るために!
善には善を、無慈悲には無慈悲をもって、応じるほかありません!」
首に縄をかけられた男に目隠しが施される。いよいよ、“その瞬間”が迫ってきた。彼の妻の
「刑の執行前に、なにか言い残すことはあるか?」
ローブの人物が男に問うた。しかし、彼はなにも答えなかった。
「では、お願いします……」
目配せとともに、冷ややかな声で指示が下される。
保安官が、台に備えつけられたレバーを引いた。
大きな音とともに男の足もとの床が抜け、彼の体重を支えるものは首にかけられた縄以外になくなった。
ユリアは処刑台から思わず目を背けた。
それでも、男の妻の泣き叫ぶ声だけは、嫌でも耳に響いて止まらなかった。
一方で観衆からは、歓声が上がることも、悲鳴がわくこともない。ただ眼前で、一人の男の命が終焉を迎えたことに対して、小さいどよめきだけが走った。
“死”とはやはり、人間にとって、恐れを抱かせる事象なのだと、ユリアはあらためて理解した。
「これが正義である!」
ローブの人物は、今一度観衆に呼びかけた。
「秩序と安寧を脅かす存在を、我々レガシィ教団は許容しない! 文明の繁栄のために、犠牲はつきものなのです。なればこそ、我々の闘争は終わらない。この清き世界を分断せんとする悪を、この世から一人残らず滅ぼすまで」
観衆たちが、ぞろぞろと広場から解散していく。
泣き崩れたままだった女性もまた、しばらく経ったのち、娘を連れてその場から立ち去ろうとしていた。
幸いにも幼い娘は、母親の胸に顔をうずめていたため、父親の死に際を直視はしていないらしい。
父親に先立たれ、残された親子を見ていると、ユリアの胸は締めつけられるように痛んだ。
──果たして、正義とは何なのだろう?
ユリアは、自分のなかで反すうしてみてもわからなかった。
社会的に見れば、処刑されたあの男は、テロリストに荷担した悪人で、彼を捕まえたユリアは正義と言える。しかしながら、あの母子からしてみれば、ユリアは処刑された男を死に追いやった悪人だ。
だからもし、あの時、あの男を見逃していたら、母親と娘だって悲しむことはなかったのではないか……ユリアはそう思わずにはいられないのだ。
結局、もたらされたのは不幸だけだった。
似たような光景や状況に、この数年間、何度も、嫌と言うほど遭遇した。時には、憎悪と怨念を言葉に乗せ、ユリアに直接ぶつけてくる者たちもいた。
騎士の責務をまっとうした、と言えば聞こえは良いのかもしれない。だけど、心を割り切ることはできなかった。
そのたびに、自分は周囲に不幸しかばらまけない、ろくでなしだと自覚させられた。今回の件だってそうだ。
もう、疲れた……もう、うんざりたった……。
ユリアの心は、もはや悲鳴すら上げられないまでに疲弊していたのだ。
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