四巡り 菊池幸二

(地元新聞記事より)『塾講師エレベーターの中で事故死』

 1月14日未明、学習塾の経営者菊池幸二さん(34)がエレベータの中で死んでいるのが発見された。故障かと不審に思ったビルの清掃員が通報して発覚した。菊地さんはマフラーを扉に挟まれ縊死したものと見られている……


 菊池幸二は22時を回ったところで『義伸塾』の教室の照明を落とした。受験生の追い込みということもあるが、一時間も遅くなった理由は残った生徒のに時間を取られたためだ。『義伸塾』にはAクラスとBクラスがあり競争力アップを狙って入れ替え戦を行っている。2年生の今見泰子こんみやすこは降格の対象になっていた。彼女は伸び悩んでいてAクラスの一斉授業にはついてこれないと大学生のバイト講師から報告を受けていた。来月からはBクラスに降格になる。

「お願いします! そんなことになったら私、お母さんに……」

 今見泰子はそのことを菊池幸二に告げられると、震えて教室長室で土下座した。泣きながら何でもするという泰子に菊池は服を脱ぐように言った。彼女の背中には母親からの虐待の跡があった……。


 今見泰子は処女ではなかった。そして菊池幸二は彼女に特別月謝を払えば残留を許してやると言った。「当てが無いなら金づるを紹介してやる」と言われ、泰子は「それだけは!」と懇願したが結局は菊池に従うしかない。

 今見泰子を帰らせたあと、菊池の頭の中は今度は弱みを握ったバイトの大学生からいくら搾り取れるかを考えることで一杯になる……。

 菊池幸二は女という存在自体を憎んでいた。それは幼い生徒であっても変わらない。いずれ女は母のように子供を捨て妻のように夫を裏切る生き物になる。それが彼を拝金主義者に変えたの苦い味だったからだ。


 ドアに鍵を掛けながら、菊池幸二はふと脅迫の手紙のことを思い出した。「あなたの罪を知っています」と書かれたカード、【死ニ刻参り・ドウドウ巡り】というネットの告発掲示板……パスワードを打ち込むとそこに菊池幸二のが表示された。

(しょせん子供のイタズラだ。少し前に流行った【シニコク】というやつの変種か? だいたいどうやって俺を殺すというんだ? それこそ呪いで? 馬鹿馬鹿しい!)


 戸締まりを終えた菊池幸二のスマホに電話が掛かってきた。エレベーターに向かいながら電話に出る。そのままカゴに乗り込み1階のボタンを押した。

 向こうの雑音がひどく菊池は何度も「もしもし」と呼びかけた。聞き取りにくかったのでスピーカーモードにして音量を上げた。そのスマホから聞こえてきたのはだった。

『しにこくまいりまいらせたもう、どうどうめぐりめぐらせたもう……』

 その声はやがて節をつけて歌い出す。

『どうどうめぐり~どうどうめぐり~』

「な、何だこれは!」菊池は止めようとして逆にスマホを落としてしまう。呪歌がそこから流れ続ける。

『どうどうめぐり~どうどうめぐり~どうどうめぐり~どうどうめぐり~』

 その時エレベーターが止まった。しかし外に飛び出した瞬間に菊池幸二の動きが止まる。

「なっ、ここは屋上? 何でだ! 俺は確かに……えっ?」

 目の前の屋上の扉が開いている。そしてその先にはセーラー服の少女が後ろ向きに立っている。

(あれは……行島? まさか、死んだはずだろうが!)

 行島紘子ゆきしまこうこは菊池幸二に弄ばれてボロボロになって3年前に飛び降り自殺した女子生徒だった。少女は後ろを向いたままスマホと同じ呪歌を口ずさんでいる。

『どうどうめぐり~どうどうめぐり~』

 そして少女はゆっくりと身体を回転させ振り向こうとしている。

「へひいぃ!」菊池幸二が悲鳴をあげてエレベーターを呼び戻す。緩慢な動きで上昇するのを待ちきれずボタンを連打する。

(早く……早く来い! でないとあいつが!)

 ようやく来たエレベーターに菊池が身体をねじ込ませる。しかし中には後ろにいるはずのセーラー服の少女が背中を向けて立っていた。


「そ、そんな……何で」菊池がたまらず尻餅をつく。しかし少女は無言のまま顔を見せない。スマホからはまだ呪歌が流れていた。

『どうどうめぐり~どうどうめぐり~』

 後ずさる菊池の退路を断つようにエレベーターのドアが閉まる。下に向かって動き出す。それと同時に菊池の首が絞められていく。

「がっ! ぐぁ……ごん、な、やめ……」

 それはドアに挟まったマフラーのせいなのだが、菊池には行島紘子がそうしているのだとしか思えなかった。

『どうどうめぐり~どうどうめぐり~』

 呪歌を聞きながら意識を手放す。その菊池幸二の耳元で誰かが囁いた。

「どうどうめぐり……かっちんこ」

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