秋の章

1章 今 この瞬間を 忘れないで

朝の空気はどこまでも澄んでいて、どことなく刺すような冷たい風が学生服からも肌に感じるほど秋は深まってきた。登校中の自転車に乗りながら、田んぼには稲穂が黄金の絨毯の様に一面に敷き詰められた光景を視界のわきに捉えらながら、僕の心の拠り所である彼女を自転車の後ろに乗せて、一生懸命学校へと急いでいた。


「ホソノ君、ほら頑張って、このままだと遅刻しちゃうよ~。」


背中には冷たい秋の空気を、感じられない位彼女の暖かい温もりが伝わってくる。


「ヤノ、頼むから、たまには早く起きてよ。」


と、急に視界が暗くなった。


「ぶー、淑女は身だしなみを整えるのには時間がかかるのです。」


と、彼女は言いながら、僕の目を手で押さえてきた。僕はそれを払いのけると


「ヤノ、何を考えているの、転んでけがをするのは僕だけじゃないだろ。」


彼女は、ぎゅっと僕の背中を強く抱きしめると


「大丈夫、私はホソノ君がいれば転ばないから。」


そう、僕は一人じゃない、ここには僕だけの存在がいてくれる。彼女が今不安定な僕の拠り所なのだから…


「あ、ホソノ君顔赤~い、照れているの?」


僕は、そのセリフが聞こえなかったフリをして。


「ヤノ、飛ばすぞ、振り落とされないようにな。」


と、思いっきりペダルをこいだ。


− このままの生活が続けばいいのに… –


− 僕にはもう、時間が…  –


道中の銀杏並木は紅葉して、はらはらと落ちながら、色とりどり、鮮やかに道路を彩ってくれていた。朝日に照らされながら登校している僕と彼女の何気ない日常は僕の何よりの宝だ。  

僕はこの朝の輝いた日常を多分死んでも忘れないだろう。思い残すとしたら、多分、僕は彼女を残してしまうことが目下の不安だった。


恒例の心臓破りの坂を乗り越えて教室の入ると同時に、ホームルームのチャイムが鳴った。毎度恒例の奇跡的なギリギリセーフ、と同時に担任のコバヤシが入ってきた。


「ホームルームを始める、出欠を確認する。返事をするように…」


いつも通りの日常、いつも通りのクラスメイト、今が永遠に続くと信じている友達。


僕が、僕だけがその輪の中には入っていない。


− 僕は、あと少しで 死んでしまうから –


僕の家系は、特殊で、代々、祈祷師の血筋でその中にはまれに未来視ができる子供ができると言われているらしい。

僕は小さいころから夢の中の出来事が現実になるのを、もう、数えきれないほど体験してきた。

小さいころは単なるデジャブかと気にも留めなかったが、高校に入る前の春休みから僕は毎夜同じ夢を見た。一回や二回なら幻だと、自分を言い聞かせることもできるだろうけど、僕は、夜ベッドで横になり、目をつぶると、思うのだ。今日こそは別の夢が見られますようにと…


銀杏並木はだいぶ葉が落ちて、紅葉が敷き詰められた地面を彼女と二人、道を歩いている。彼女が走り出す、さっきまで繋いでいた手にはしっかりと温もりさえ感じられていた。僕は、思う。この手を離してはいけない、この手だけは…

そして、次の瞬間僕の目には彼女に向って、恐ろしいスピードでトラックが突っ込んでくる。そして、僕は身をていして、彼女を突き飛ばす。僕の視界が逆転して、頭に強い衝撃を感じる。

そして朝を迎える。毎朝僕は全身びっしょしりの汗をかいて、両手を見つめて、自分がまだ生きているのを感じる。しかし、思うのだ。僕は、運命に従うしかないのか、抗えないのかと…

僕は結局今でもこの夢のことは両親には話せなかった。ただ、ホソノ家の宿命をわかっているのかあえて沈んで顔色が悪くても、深く問いただすことはなかった。

おそらく人の運命は、悲劇の連続なのを、知っているのだろう、この人たちも、深い闇で運命に従ってきているのだ。抗えない運命を知りつつも、受け入れることしかできない現実…それがホソノ家なのだ。


終業チャイムが鳴り、彼女と二人、手をつなぎながら自転車を押して帰宅に向かう。

今日一日、何か映画を見ている観客の様に、現実とは思えなかった。

何か、自分とは関係のない誰かの視点で現実が進行しているような気がしてならなかった。そんな僕を知っているのか、彼女は


「ホソノ君って、いつも遠い目をしているね。ここではないどこかを見ている気がするよ。」


僕は、言いたかった、吐き出したかった。

おそらく今この秋には僕は死んでしまう。彼女をだけを残して消えてしまう。そのせいで彼女は想像以上の十字架を背負う宿命にあってしまう。

僕は、いい。

ただ、残された明るい彼女が闇に沈んでしまうのを知ってしまっている僕の今は、心が張り裂けそうな気持で押しつぶされてしまいそうだった。

今、今だけは、彼女には幸せでいてもらいたい。彼女はもう、闇が到来する前の最後の希望の光なのだから、君だけは、僕が例え消えてしまっても、幸せでいてもらいたい、そのために多くの、幸せを彼女に残そうと、僕は再び心に誓って


− 今 この瞬間を 忘れないで –

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