4章 誰かのための英雄となりたい

ヤノは真っすぐに、心まで見透かしてるような瞳で


「タカハシ君は、本当に今のまま諦めていいの?」


俺は、ああそうか、ヤノはもうすでにすべてを知ってしまったんだと…俺が中学の頃の罪を、見たんだと理解して、


「俺はやってはいけないことをしてしまった、もう柔道はできない。」


と俺は力なく首を左右に振った。それでもヤノは俺の手を強く握りしめてはっきりと言った。


「私はそうは思わない。もう一度目を閉じて。証拠を見せてあげる。」


俺は、ヤノに手を握りしめられたまま、そっと目を閉じた。


いつの間にか、俺は、この世とは思えない。果てのない紅の空と、どこまでも続く海だか、湖だかの岸辺に立っていた。風はどことなく寒気を感じるくらい、冷たく、空気が完全に異界のものだった。深紅の世界のとなりにはヤノが寂しそうな顔で見上げていた。


「タカハシ君に見せたいものがあるの。」


と、ヤノは一つの蛍の様な球体をそっと俺に差し出した。


「これは今までタカハシ君が柔道で感謝された、祈りだよ。それを聞いて見て感じて。」


俺は戸惑いつつも、その淡い今にも壊れそうな球体をそっと触れると一瞬で景色が急変した。


– ここは –


俺の目の前には中学校時代の教室が現れた、目の前にはかつてのクラスメイトの男子組が三人と中学の制服を着たサカモトがいた。


「なぁ、サカモトちょっと最近お金がないんだよね。サカモト持っているでしょ、くれよ」


三人に囲まれたサカモトはおどおどしながら


「そんな、僕もお金はないよ。」


その三人組のリーダーが、おもいっきり椅子を蹴とばすと


「下手に出てやっているんだ。つべこべ言わずだせよ。」


と、露骨に威嚇してきた。そこになぜか中学時代の格好をした俺が出てきて


「中学になっても弱い者いじめやっているなんてダサいことするなよ。」


と、かつての俺が間に挟んできた。三人組が


「誰の許可持って、俺たちに割って入っているんだよ、うぜーんだよ!!ボコられたいのか!」


と、挑発してきた。かつての俺は、余裕の笑みで、軽く外を指して


「いいぜ、表に出な。」


かつての俺は校庭で、三人を相手に喧嘩が始まった。所詮この前まで小学生だった奴らだ。喧嘩なんてレベルじゃない位低いレベルのパンチとキックで当時の俺は、この程度じゃ柔道の訓練すらならないと、思いつつ、あっという間に三人を投げ飛ばした。三人組は分が悪いと思ったのか


「くそ、覚えていろ。」


と、負け犬の決まり文句を発して、去っていった。残ったサカモトはかつての俺に


「あ、ありがとうございました!」


と、頭を下げた。


– そうだ そうだった  –


俺と、サカモトが今の様になれたのは、柔道のおかげだった。柔道をやってなかったら、おそらくサカモトは助けられずに、やつらのカモにされて、かなり苦しい中学生活だったかもしれない。当時の俺は、まったく自覚はしてなかったが、確かに俺はサカモトのヒーローだったのだ。


その後その話は瞬く間に、俺が中学にして柔道の有段者であるという話が学校中に広まって、その後、あえて俺に喧嘩を売るような奴はいなくなった。

初めのうちはまた、いじめられるんじゃないかと俺は、サカモトの傍にいたが、いじめから解放されたサカモトは、スポーツでは勝てないけど勉強ではと、必死になって勉強に励んで成績も二年に入る前には廊下張り出される成績表に順位上位にくらい名前が出てくるくらいまでになった。

当時の俺は、サカモトは一つでも取柄を持とう心持で勉強に励んでいるじゃないかと思ったが、しかし、今ではわかるサカモトは恩返しがしたかったんだと。

スポーツができる俺だが勉強はからっきしだから、そんな俺を助けようと、サカモトはそんなに物覚えがよくないのに必死で勉強したのだと。

その後、俺はテストの度にサカモトに助けを求め、サカモトはいじめの脅威から守られるために俺傍にいた。

そう、俺たちはいつの間にか互いに助け合って今まで生きてきたのだ。

そして、いつの間にか互いを認め合う親友となっていた。

柔道が間違いなく一人の少年の人生を良い方向に救ってくれたのだ。


ふと、気づくと俺はまた再び、病院のベッドの上にいた。そして隣に座っているヤノは真剣に問い詰めるような視線で


「本当に柔道を辞めるの?タカハシ君が柔道で人を救い幸福にしてきたのはこれだけではないんだよ。まだまだ、たくさんたくさんあるんだよ…」


– 俺は 人殺しなのに –


「これから、かつてのサカモト君みたいな人が現れても、助けないの?」


 俺は、拳を強く握って、ヤノの言葉を繰り返し、繰り返し頭の中で反芻しながら、自分の十字架を見つめながら


– 俺は  俺は  –


柔道をやっていて楽しいことばかりではないのは、確かだけど、俺は辛い練習も、投げられ、罵倒される言葉も、すべて、心躍るあの試合の緊張感と勝利の達成感、そこに俺自身の存在価値があるというのを今更ながら思い知らされていた。

そう、今は、空っぽなのだ、だけど、俺の本心は柔道を通して



– 誰かのための英雄となりたい –

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