3章 大丈夫 私がいるから

気が付いたら、俺は病院のベッドにいた。

ふと隣に視線を向けるとヤノがかなり泣いたのだろう、大きくて透き通った目が充血して目元には涙の跡があった。そして、右手にはヤノの細い指がしっかり握られていた。俺は、笑いながら


「コテンパンにやっつけられたな。カッコいいところ見せられなかったのが残念だ。」


ヤノは小さい頭をブンブン振って、真剣な表情で


「私のためにそんな事しなくてもよかったのに、本当に心配したのだから、もし、また私のせいで誰か死んだら…よかった、本当によかった。」


と、ヤノはわんわん泣き出し始めた、そんなヤノをなだめながら、サカモトが心配そうな顔で


「大丈夫か?タカハシのお父さんお母さんには僕から連絡したから、じきに来ると思う、お医者さんが言うには足と腕が打撲してるって、念のために今日一日入院してくれって、それとタカハシやっぱり、まだあれには抵抗あるのか?」


俺は顔を背けて、思い出したくないことを今更のように噛みしめて


「俺はもう、人を投げないと決めたんだ。それは、俺への罰だからな。」


サカモト、ただ一言、そうか、と言った後


「僕はこれから塾だから出ていくけど、ヤノさんは、どうする?」


ヤノは、うつむきながら、小声で


「私はもう少しここにいる。私のせいだから…」


俺は、沈んだ空気を明るくしようと、無理に笑いながら


「ヤノのせいじゃないさ、もともとはあいつらが、生意気だからやっつけようとしたら、俺が返り討ちにあっただけさ、あ~あ、正義のヒーローにほど遠いなぁ。」


俺の気持ちを汲んでか、サカモトは笑いながら


「僕たちにとっては十分お前はヒーローだよ。」


と言って、肩をバンバン叩いてきやがった。俺は痛い何しやがる、といったやり取りをしたのを見た、ヤノはクスクス笑った。それでサカモトは安心してか


「じゃあ、僕は行くよ、タカハシ、美少女と二人っきりだからって、悪いことするなよ。まぁ、そんな体じゃできないか、とりあえずゆっくり休めな。」


と言ってサカモトは手を振りながら出て行った。


俺とヤノの二人っきりになったが、必然の様に沈黙が支配した、そしてふいにヤノが唐突に


「私、お金や権力はもちろんないけど、タカハシ君の祈りの力になれると思う。」


俺は急にヤノの、突飛な発言に虚を突かれて、唖然としたら、ヤノは両手で俺の手を握って


「目を閉じて、そして、今まで一番後悔していることを願って。」


俺は急にヤノがついに頭が変になってしまったんじゃないかと思ったが、ヤノの目は運命に抗う様な強い意志があった。それで、俺は、今でもそしてこれからも後悔している、あの時から背負った十字架を、目を閉じながら思った。


−         –

「…ハシ タカハシ 」


「タカハシ、何をぼうっとしている。次はお前の出番の大将戦だ、しっかりしろ。」


監督は、鬼の形相で罵声を飛ばして背中をバンバンと叩いてきた。俺は何をしていたんだ。ここは…そうだ、柔道のインターミドル県予選の団体戦決勝戦だ。監督は念を押すように


「相手のイノウエは、寝技が得意だから、隙が見えたら、寝技に入る前に、投げるんだ!いいな!」


俺は、押忍というと、試合に臨んだ。相手のイノウエは、俺と同格かそれ以上のがたいのでかいやつだった。たしかにこいつの寝技を逃れるのは難しいな、と内心思いつつ礼をして、構えた。そして、審判が


「始め!」


と、決勝戦の火ぶたが切って落とされた。初めのうちは互いの様子を見て、組み合いだったが、イノウエが先手を取って内股を切ってきた。俺はそれをかわして、イノウエの隙をうかがった。


– おかしい なにか 嫌な予感がする –


ほんの一瞬、そんな感じがしたが、そんな俺の迷いを突いてかイノウエが攻めてきた。俺はそれを何とかかわすと、一瞬イノウエに隙ができた


– ダメだ やっちゃいけない –


何故だか、わからないが、本能が危険信号を発していたが、俺は全国へ出場しなくてはならないという、ほかの部員のプレッシャーもあって、六感を無視して、イノウエの懐に飛び込むと、背負い投げを決めた…が決めた後嫌な音がした。

俺は投げられたイノウエの様子を見ると、イノウエは頭から血を流して、白目を剥いて大の字で倒れていた。


その後試合は中断され、イノウエは、病院に運ばれ帰らぬ人となった。その後、俺は、学校では前までは、柔道部のエースだと、ちやほやされてきたのが、一転人殺しだと、陰で囁かれ、次第に学校では孤立していった、だけどサカモトだけは、いつも隣にいてくれた。そして、俺は誓った。もう、柔道を人にはしない、そして、サカモトとずっと一緒にいて何かあれば、俺はやつを助けると…


朦朧とする意識のから、気が付けば俺は、病院のベッドにいた。今までのは一体…

ヤノは、すべてを知っているかのような悲しい顔で


「タカハシ君、大丈夫、泣かないで。」


俺は、知らぬ間に頬から涙がつたっていた。あれだけ好きだった柔道で人を殺めたこと、そして昨日まで仲良く話していた同級生からは殺人鬼呼ばわりされ、村八分にされる苦しさと寂しさ、そして、だれにぶつけていいかもわからない怒り。そんな誰にも相談していなかったことが一気に胸からせり上げてきた。

そんな、俺にヤノは一言


–  大丈夫 私がいるから –

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