2章 生まれて 初めて 人を 殴った
翌日の午前9時、教室には俺とヤノそして鬼教官のコバヤシという、本当に笑えない状況で、補習が始まった。
コバヤシは、生徒に対して死刑執行を行う前に必ず眼鏡のブリッジを上げる癖があるが、今回も漏れなく眼鏡のブリッジを上げるとまさに、悪魔のような視線を俺たちに送ると
「今日は、この問題を解いてもらう、特別にみんなで協力して解くことを許可する。それまでは、帰ることは許さない。私は、仕事があるから職員室にいるが、脱走したら、どうなるかわかるな?」
と、俺たちをギロリと睨み回した。俺はもし脱走した後の恐怖に戦慄したが、ヤノはまったくもって、的を射てないらしく、空気も読まずあっけらかんとして、ビシッと、手を上げると
「どうなるですか!?」
と、さすがの俺でさえ、こいつバカなん?と思ってしまう始末だった。コバヤシは内心キレたのか、眉間にしわを寄せて、額には血管を浮き上がらせて、きつい口調で
「もう一回二年生をやってもらうということだ。」
と、怒鳴り声を発して派手にドンドン足音を鳴らしながら、教室から出て行った。コバヤシが去った後の教室には俺とヤノの二人がまるで死刑執行前の牢屋に入らされている囚人のような、気まずい空気が漂った。
俺は仕方なく問題に目を通したが…わからん、今回の課題は英語なのだが、意味不明のアルファベットの羅列が、まるで、リオのカーニバルの様に踊っているように見えた。どうせ行くなら、魔法の国がいいなぁと、思って、現実逃避しかけたが、いかんいかんと、状況を判断する為に、隣のヤノを見ると、問題すら見ないで、外をポカーンと眺めていた。
こ、こいつは当てにならん。すくなくとも俺が何とかしないと、永遠に帰れない。鉛筆様は…今回の問題は長文の和訳なので、出番はない。俺は何とかこの危機を脱するために、ありとあらゆる策を巡らして、ふと、思い出した。コバヤシはみんなで協力するようにと言った。ということは、助っ人オーケーなんじゃないだろうか。それなら、ああ!この手が使える。俺って天才と思って 俺は素早く、スマホを取り出すとこの危機を脱する秘策を早速実行に移した。
「なんで、僕が夏休みに赤点も取ってないのに、学校に来なきゃならないんだ…」
ぶつぶつ、言いながらも来てくれるとは、流石、俺のズッ友、サカモト。俺は手を合わせて、深々と頭を下げると
「教授頼むよ、俺たちズッ友だろ、本当にお願い。一生のお願い。」
サカモトは、迷惑そうな顔をしながらも、こいつは、困っている人を見捨てるやつではないので、仕方なさそうに、ボソッと
「タカハシお前、何回一生があるんだ?」
俺はそれを何とかと、拝み倒している中、ふと、隣のヤノが相変わらず呑気に
「サカモト君も補習?仲間だね。空がきれいだよ。あの雲ドーナッツみたい。」
それを聞いたサカモトは状況が理解できたのか、屈んで頭を抱えると
「分かった、分かった、タカハシ終わったらファミレスおごれよ。」
クソ、仕方ない、サカモトの機嫌を損ねると永遠に帰れない。俺は泣いて馬謖を斬る思いで
「教授、かしこまりました。何とかお願いします。」
と、最敬礼を教授に送った。そして、影に隠れて財布を開くと、大丈夫だよな、ドリンクバーだけだよな、うーん、ちょいギリギリだなと思いつつ、条件をのんだ。あとの話は順調に進んだ。サカモトはやはり甲斐性なのか、あのヤノを1年から2年まで進級させるのだ、当然懇切丁寧に教えてくれた。
「タカハシもヤノさんも、この長文中学レベルだよ。よくこの高校は受かったね。」
本当に呆れた顔で信じられない様な視線でサカモトは言ってきた。俺は頭を搔きながら、本当は秘密にしていたかったが
「すべてこの鉛筆様のおかげです。」
と、ご神体をサカモトに掲げると、それを見たヤノはにんまりと笑うとドラえもんの声真似しながら
「僕はこの消しゴム~」
と、番号が振った正方形の消しゴムを見せた。
こいつ、なかなかできる。まさか、鉛筆様と対をなす秘宝、消しゴム様を持っているとは、と感心していると、それを見たサカモトは、まるで現代に原始人がいたことが判明してしまった様な、驚きを通り越して呆れた顔をして、
「分かった、この夏そいつらなしで答えられる様に矯正してやる。ファミレスで追加補習な、もちろん請求はタカハシで。」
はっ、な、なんだと…なんか俺のナンパする時間が無くなってハーレム計画が頓挫すんじゃないか?そもそも俺の財布は大丈夫なのかも心配になってきた。こいつ、ドリンクバーだけでは済まないぞ。しかし、ダブるのは、もっと嫌なので、俺はうやうやしく跪いて
「教授の仰せのままに。」
と、要求を丸呑みにした。どうしようもない。反抗すると未来はない。俺はもう、この時点で燃え尽きて、灰になっていた。抜け殻状態の俺と「やったーファミレスだ~」と頭がお花畑のヤノの二人でサカモトに教えてもらった答案用紙を職員室のコバヤシに渡すと、コバヤシはそれをチラッと一瞥すると
「明日は、数学だから、各々授業を復習するように。」
と言われ、明日もしつこく補習することが宣告された。
黄昏の中、補習後、俺たち三人はファミレスのテーブルを占拠して教科書と参考書を並べていると、ウエイトレスのお姉さんがやってきて、ご注文はお決まりですか?聞かれサカモトは何の遠慮もなく、スラっと
「ドリンクバーとチーズケーキで…」
と言うのが早いかヤノが食い気味にお姉さんに向かって大声で
「私はドリンクバーとデラックスパフェで。」
こいつ、人の金だからって、なぜおまえの分まで払わなければならないか、腑に落ちないが、そんなのお構いなしにウエイトレスのお姉さんが、営業スマイルでお客様は?俺に聞かれて
「水だけで十分っす。」
と身も心も透明になった俺を含めた追加補習が始まった。サカモトが一学期の数学の講義の復習を教えている最中に割って入る様に突然
「うわ、死神がいる、家に帰ったら塩まかないと。」
と、高校生らしき派手な私服の男子三人組が、蔑んだ目で、ヤノを指さした。
「君たちも、関わらないほうがいいよ、憑りつかれちゃうから。」
と、ゲラゲラ大笑いしながら俺とサカモトに言ってきた。ヤノは最近になって天然だが何とか徐々にクラスに馴染んで明るくなってきたのに、前みたいに急に顔に影が差して。泣きそうな目でサカモトと俺を見つめた。それで、頭に来たのかサカモトが睨むように立ち上がろうとしたとき、俺はそれを制して
「喧嘩売っているんですか?先輩かもしれませんが、買いますよ、ちょっと裏まで来ましょうか。」
俺は柔道をやっているから、図体が、でかい。なのでそれだけで、たいていの輩は引っ込むのだが、今回は
「なんだと、てめぇ、親切心で言っているのに、仇で返すのか、やれるものならやってみせろよ。」
と、三人いるからか強気で返ってきた。三人か、サカモトは喧嘩なんてできないから1対3か…俺はサカモトとヤノをファミレスに残して路地裏に来た。そして、
―俺は 生まれて 初めて 人を殴った―
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