夏の章
1章 ターニングポイント
何でこうなった。俺はさっきから終わりのない問いをグルグル、まるで虎がバターになるように永遠と考えていた。耳にはもうヒステリックみたいにミンミンゼミが絶叫して、ちょっと常識を疑う位強烈な陽射しで、頭がどうにかなってしまいそうになった。そう実際、ここはまるでオーブンの様な状態なっている。
俺は、ここに生肉を置いたらこんがり肉に変貌するんじゃないかと思うくらい。容赦なく、徹底的に夏は俺を肉体面から襲ってきた。
しかし問題はそこだけじゃない、はっきり言って地獄だ。ただの地獄ではない。夏の暑さ位なら、部活で嫌というほど味合わされているから、屁でもない。
それ以外にもとても巨大な壁がもう一つある。これが一番厄介なんだ。その元凶が、この紙切れだ。この紙切れのせいで、俺の二度目の起死回生のビッグチャンスを危機存亡の状況に落とされた。くそ忌々しい。と思いつつ、俺は、神様、仏様、どうかお助けください。とお祈りしつつ、鉛筆を転がした。神様か仏様は、6にしなさいと啓示してくださった。俺はありがたや、ありがたや、と言いつつ紙切れこと、追試験の問題用紙に目を落とすと、なんと、選択肢が5までしかないじゃないか。俺は思わず頭を抱えて
「Nooooooooooo!!!」
と、絶叫したら、脳天にいつも通りにチョークが鉛玉のようにヒットした。
「タカハシ、試験中くらい静かにせんか。」
コバヤシが無表情で、まるで死刑執行を宣言する裁判官の様に無慈悲に言った。俺は本当にこの世には神も仏もないんじゃないかと、ガチで信じた。
この高校に入学して2年目。今までこの鉛筆様一本でなんとか、数々の定期テストを克服して首の皮一枚で進級して二年生となった。
が、ここで鉛筆様の御威光も途絶えたと思われる。
鉛筆様頼むよ。と、思いつつ試験問題に向き合ったが、全然わからん。
一年の一学期で早速目を開けたまま寝るというサボりの究極奥義を体得した俺は、授業なんて全然聞いてないし、板書もしてない。
そんなことしないでも、俺は神様から鉛筆様を通して答えを啓示してもらったから、全然怖くなかった。ほんの今までは…
俺は助けを求める様に、隣の席のヤノを目の端にとめた。ヤノは、なぜだか知らんが1年ダブって一年生二回目の、1学期の途中から出席するようになり、めでたく二年生となった。
が、俺の目は節穴ではない、陰で俺のズッ友のサカモトが、気を利かせて話しかけたり、勉強を教えたりと甲斐甲斐しく世話をしていた。俺は、そんなサカモトが何でそこまで、気にかけているのかわからなかったが、人の恋路に、土足で踏み込むのは野暮だと思い、黙っていた。
初めのうちは、サカモトがヤノに声をかけたりしても、ガン無視して、嫌な陰キャな女だな、と思った。
が、一念岩をも通すとはこのことか、今ではヤノはサカモトだけには普通に話しかけたりしていた。サカモトはてっきり明るい女が好きだと思っていたが、こんな根暗女が好きなのかと、俺自身も意外に、思っている始末だ。
しかし、俺のハーレムにはヤノは論外だ。確かに容姿がいいのは認めよう。
だが、そんな陰キャ女を俺のハーレムに加えたらカビってしまう。カビは他にも感染するからな、うん、なしだ。なし。
「後、五分で回収する。」
と、コバヤシの野郎いきなり死の宣告してきやがった。いっその事、殺される前に殺そうかと思っていたところ、それに畳み掛ける様に
「今回の追試験も落ちたら、夏休みはこの問題の中身が分かるまで補習に来てもらう、二人とも覚悟するように。」
俺はコバヤシの声は聞こえたが、中身を理解するまで時間がかかった。
二人とも覚悟するように。うん、確かにこの追試をやっているのは俺とヤノの二人だ。それは解る。その前の言葉を理性が理解するなと警鐘を鳴らしている。ホ、ホシュウ、ナ、ナツヤスミとコバヤシの言葉がグルグルと、頭の中で反響して、俺の頭の中は、ピカソの絵の様に完全にぐちゃぐちゃになった。うん、前衛的で意味不明だ。
そんな中、隣のヤノがビシッと手を上げて、溌溂とした大きな声で
「先生、この問題が理解できないと夏休みはずっと学校に来なくてならないのですか?」
コバヤシは感心することも、呆れた表情も現わさず眉毛一本も曲げることなく、至極当然に無表情に
「そうだ、土日、お盆も来てもらう。」
俺は最大限の抗議しようと手を上げて
「先生、それはあんまり…」
と言うのを、判り切っていたか押し消すようにコバヤシは
「時間だ、問題を回収する。」
とさっさと、補習片道切符となった答案用紙が拉致られた。
俺は夏休みに夢のキャッキャウフフのハーレムを作るために、一年生でしくじった経験を活かして、それを糧にありとあらゆる書物を読み漁り、女心をマスターできた。うん、間違いない、もう、ジェダイマスタークラスだ。なのになのにだ、それをせっかく活かせるチャンスをこのサイボーグのせいで無駄に終わるとは、俺の苦労は一体と何と泣きそうになった。それを知ってか知らずか、コバヤシは何の感情を載せることなくただ一言
「今この場で採点する、待つように。」
と、赤ペン握って添削し始めた。そして、ものの数分も経たずに、デスノートとなった答案が帰ってきた。
「二人とも、明日も学校に来るように。」
と、あっさりと、死刑を宣告された。やっぱりデスノートはデスノートだった。死神が俺たちを殺しに来た。そんな中、夏の影がのびる黄昏の教室で男一人女一人、固まったまま心ここにあらずで、明日からまた、学校に来なくてはならないという絶望感が俺たちの世界を覆っていた。
今となっては、遠い昔となったが、俺の話は、そんなハーレム目指そうという途方もない夢もつ男子高校生がこの補習を通してちょっとは、大人になったという話だ。このヤノとの二年生の補習はある意味、俺の
― ターニングポイント -
となった。
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