4章 夢のような あるかもしれない いま

僕とヤノは、かなり年季を思わせるボロボロに朽ちた神社の社の縁側に座って、春の日差しを目一杯浴びながら、穏やかな時が流れた。ヤノは楽しそうに足をぶらぶらさせながら、山の小鳥のさえずりに合わせる様にどこかで聞いたようなメロディーを口笛で流した。そのメロディーは懐かしく、儚く僕が小さいころにまるで母親に抱きしめられているように僕の心を温かく優しく包んでくれた。

 すると、ヤノは、突然、口笛をやめると、真剣な表情をして、真っすぐに僕の瞳を見つめると


「サカモト君…神様が本当に居るって思う?」


 僕は、唐突な問いとあまりにも真剣なヤノの表情で、決して冗談ではないと思い、真剣に思いをめぐらした、しかし、考えはどこへも行き付かなかった。結局、僕は力なく左右に首を振って正直に


「わからない。いたらいいなぁ、と思うけど・・・」


ヤノはどこか覚悟していたのか、やっぱりという寂しい表情で、


「そうだよね・・・」


と、つぶやくと、ヤノはすっと僕の前に立って、くるりと僕に背を向けて


「私ね、神様にお願いされたんだ。君にここに来てもらって、見てもらいたいものがあるって。」


ヤノの急な発言に、僕は混乱を覚えた。神様?お願い?必死に精一杯冷静になる様に努めながら


「ヤノさん、神様って本当にいるの?」


ヤノは僕に体を向けてて、真っすぐに訴えるように僕を見つめながら、そしてなぜか、今にも泣きだしそうな顔で


「うん、いるよ。」


と言うと、ヤノは気持ちを切り替えようとしてか、ぎこちない笑顔を作った。けど、今にも溢れだしそうな瞳のせいで、なおさら歪に見えた。


「これから、連れて行くところは、誰も信じないし、誰にもわからない、けど、とっても大事なところ・・・」


ヤノは、意を決したように力強く僕の手を取り、神社の本殿の前に導いて引っ張ってきた。そして、ヤノは急に落ち着いた口調で


「サカモト君、お願い、目をつむってくれないかな。」


僕は、言われるがまま目を閉じてヤノの導くままに、本殿の中に入ったはずだった。

突然、今までの穏やかで優しい春の香りとは急に打って変わって、どことなく冬の前の、秋の終わりを感じるような、寂しくて切ない空気が肌にひしひしと感じられた。僕は、直感的に何か尋常じゃないことが起きていると感じると、間髪入れずヤノが


「サカモト君、目を開けていいよ。」


僕は、一瞬信じられなかった。神社の本殿の中にいるはずなのに、僕の目の前には空は黄昏を感じるような紅が広がり、その下にはまるで血のように空を写すかのように赤く染まった、海か、湖の様な水面が広がっていた。

手をつないでいるヤノは少し震えながら、視線は、遠く湖の先を悲しげに見つめて


「ここは、此岸(しがん)と彼岸の境目、私たちが立っているところが、この世、此岸。」


と、ヤノは、細い指を果てしない湖の先の宙を指して


「あっちが、彼岸・・・この世ならざる所だよ。」


僕はこの状況にひどく混乱しながら、手を握っているはずヤノを見ると、いつの間にかヤノの体がほのかに薄く光り輝いてはいた。けど、なぜか今にも消えそうな、不確かな影の様な儚さを感じられた。


「此岸、彼岸ってそもそもどうやって僕たちはここへ来れたの?」


ヤノは、黙ってゆっくりと首を横に振ると


「サカモト君に悪いけど答えられない。ただ、お願いがあるの。私を救って。」


さらに、僕は唐突なお願いに混乱しながら、必死になって考えながら


「ヤノさんには悪いけど、僕にはヤノさんが何から助けてあげたらいいのかもわからないよ。そもそも、僕には何の力もないよ。」


と、自分の無力さを正直に話したが、ヤノは、穏やかに微笑んで静かに


「ただ私を忘れないで、そして祈ってほしいの。」


僕は動揺を抑えながら冷静になってゆっくりと周りを眺めてみると、空中に蛍のような淡い光の玉があちこち、ゆっくりと彼岸へと流れて行った。ヤノはその光の玉を指して


「この光は、此岸の人たちから彼岸の人たちへの祈りの願いなの、私たちが彼岸の人たちへ祈るとこの光の玉が湖へと経て、彼岸の人たちへと届けられるのよ。私はそれを見守るのが役目なの。」


そして、ヤノは、トレードマークの髪のリボンをほどいて僕に向かって差し出すと


「これをなくさないで、私とあなたの絆だから。」


僕は、頷いてリボンを受け取って握ると、急に一瞬にして視界が光に包まれた。


と、同時に、強烈な痛みが頭に走った。


「サカモト、高校初日から居眠りとは何事か。」


と、担任のコバヤシの険しい低い声が耳に響いた。

僕は、周りを見回すとなぜか学校の教室の自分の席にいた。そして、状況を察するにチョークの直撃を食らったらしい。

本当は夢かと思ったけど手にはさっきヤノから手渡されたリボンがしっかりと握っていた。


―夢じゃないんだ―


そして、視線を隣にいるはずのヤノの席に送ったが、席には誰も座っておらず、コバヤシはぶつぶつと念仏のように


「ヤノめ、高校初日から、無断欠席とは・・・」


と、いっている小言が聞こえた。そう、


― 夢のような あるかもしれない   

                いま があった -

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