3章 ~この世と隔てるもの~
ホームルームが終わると、隣の席の僕にヤノは小さい体で、まるで長い冬を耐えて春を待ち焦がれていた小動物のように、生き生きとピョンピョンと跳ねながら
「もう、信じらんない、あのポンコツロボット、私のこと見もしないで、後で職員室に来いって。」
と、言って「ぶー」と頬を風船の様に膨らませた。まるで、ちっちゃな子供が最大限に抗議してる姿に思わず笑みがこぼれた。そんな、ヤノを見て僕は小さい頃に戻った気分になって心に陽が当たるかのような穏やかな思いに浸ってしまった。
「ねぇねぇ、サカモト君、昔、子供のころよく言われたでしょ、ちゃんと人の目を見て話しなさいって。」
僕は、ショートカットのヤノのどこまでも吸い込まれそうな澄んだ瞳を見つめていると、僕はいつの間にか、ここではないどこかへと想いは宙を飛んでいた。
「って、人の話のを聞いてるのサカモト君!」
ヤノは、僕を見上げながら、びしっと、真剣な表情で人差し指で僕を指した。
僕は、ハッと我に返り彼女に意識を戻すと
「ああ、ごめん。」
そんな放心状態から正気に戻った僕を見てヤノは、腰に手を当てると、小さい体を反り返って胸を張って
「よろしい。」
と言って、腕を組んで、「うん、うん」とうなずいた。うなずくたびに髪に結んだリボンがふわりふわりと、まるで春の草原に舞う蝶々の様に穏やかに跳んだ。リボンだけがまるで意志を持っているかのように。
「では、サカモト君、課外授業をしよう。」
と、唐突なヤノの発言に僕は、一瞬理解できなくて、馬鹿にみたいにオウム返しに
「課外授業?」
と言うと。ヤノは、さもごく当たり前、至極当然の様にさらりと
「そう、先生が可愛い生徒のサカモト君のために、特別レッスンね。」
と、一瞬、考えていけないこと想像すると、目ざとくヤノは、険しい軽蔑した表情を顔に現わして
「不純異性交遊はダメよ。そんなことは先生が許しません。」
嗚呼、タカハシよ、お前の夢は叶いそうにないぞ、と内心、タカハシへと思うと僕は
「どこに行くの?先生に呼び出し食らったばかりなのに。」
ヤノは何でもないように、平気な顔で
「だから、行くの、あんなサイボーグの小言なんて聞きたくないの。」
と、まるで小学生の理屈の様に、すねた表情を顔に出して言うと「さ、行くわよ」と僕の手を引いて、学校から外へと連れ出された。
僕は高校初日に学校をふけるという、罪悪感を覚えたけど、果てのないどこまでも続く雲一つない青い空と、優しい陽に照らされて、すぐにそんなこと忘れていた。
ヤノは浮足立っている僕をからかうように下から見上げながら
「どう、高校時代の初デートは?。」
と、今更ながら、意識してなかったこの事実に驚いた僕の顔を見てヤノは
「ははぁん、デートの経験ないんだぁ。」
いたずらっ子のような顔をして、からかってきた。僕は、ちょっとイラっとして
「悪かったな。」
と顔を背けると、ヤノは笑いながら「ごめん、ごめん」と言いながら
「これから行くところは、私のとっておきの場所なんだ。」
とヤノはくるり、くるりと踊る様に先を歩くとスカートがふわりふわりと揺れた。まるで、妖精の様な、神秘的な歩き方だった。
「気に入ってくれると嬉しいな。」
ヤノは下から親におねだりを要求する子供様に僕をじっと見つめてきた。
僕は、見つめられ続けられて恥ずかしくなって、顔を赤くして
「そうだな。」
としか言わなかった。なんだか、もてあそばされているような気がするけど、何故だろう、この感じ悪い気がなぜかしなかった。
身長の割に早い足取りのヤノが、うっそうと茂った山道の先を歩いていくのを僕がついていくと、急に長い石階段が現れた。
「さぁ、サカモト君、この先だから、頑張ろう。」
石階段は所々かけていて、苔も生えていて、いかにも時代を感じさせる代物だった。
暫く会談を踏んで結構上ったはずなのにまだ目的地についてないらしく、さすがの僕も辟易し始めたのに、ヤノのペースは一向に変わらなかった。
「ヤノさん、まだなの?」
と、僕は言うと、ヤノは汗一つかいてない顔を僕に見せてスッと上方を指すと
「そこよ。」
と言うと、その先をまじまじと見るとあちこち塗装が剥げている、ボロボロの時代を感じさせる、赤い鳥居が見えた。
僕は階段を上り終えた後、あまりにも疲れて、鳥居の前にどっと座り込んだ。そんな僕を見てヤノは「だらしなぁ~い」と笑ってしばらくからかったが、僕は反撃する気がなく黙って聞き流していた。すると急にヤノは真剣な表情で、
「サカモト君、鳥居の意味わかる?」
僕は、あまりにも唐突な急な話なので意味もわからず、首を横に振ると、ヤノは
「鳥居はね、この世と神様の世界の境界線なんだよ。私たちがいるところはこの世。それで・・・」
とヤノは鳥居をゆっくりとまたぐと
「ここが神様の世界。」
と、振り向いて僕に穏やかな笑顔を見せると、落ち着いたゆっくりとした口調で
「サカモト君おいで、この世の隔てた世界が見えるよ。」
僕も促されるまま、鳥居をくぐって、後ろを振り返った。すると、山の上から眼下には僕の街がパノラマのように広がっていた。彼方には、奥羽山脈の山並みが広がり、眼下には、車が蟻のようにせわしなく走り、遠く人々の営みの生活音があちこちから響いていていた。下には感じたことも見たこともない世界が、上から見ると、ありありと僕たちの存在はあまりにも小さく見えた。そして、私たちの生活している世界と自然はどこまでも大きく広く果てなく無限の様に映った。
そう、まさに僕の目には神様の世界からこの世を眺めている気がした。
まさに
― この世と隔てるもの -
から 眺めていた
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