2章 ~出会い~

僕は、タカハシに連行されて教室に入ると、机に各々の生徒の名前が書いてあった。僕の席は教室の真ん中列の最後方ということだった。僕、個人的には、なかなか恵まれた席についたなぁ、と内心喜びながら席によっこいしょと座った。

一方、タカハシは教室の教壇前にでかい図体で微動だにせず、さながら、義経を庇った武蔵坊弁慶如く仁王立ちをしていた。その光景を見た周りの生徒は、その異様なオーラにただ事ではない気配を感じ、皆距離を取り一体何が起きているのかと固唾をのんで、注目を一身に集めていた。

そんなのを知ってか知らずか、タカハシは、急に怒り狂って暴れだすかと思いきや、人目をはばからず、泣きそうな情けない顔で、教壇の前の席から竜巻のような勢いで最後方の僕の席まで来ると


「サカモト、俺が何をしたっていうんだ。コンビニ行けば必ず募金箱に募金するし、赤い羽根募金には毎回募金している。そんな品行方正な俺がよりにもよってあんなデッドゾーンが俺の席なんて、なんとかしてくれサカモト~。」


と、まるで未来の猫型ロボットに泣きつくダメダメ小学生の様な姿に何も言えない。もう、ご愁傷様。


「ま、まあ、大丈夫、あくまでも仮の席だから、な、すぐ席替えすると思うから。」


と、その場で適当なことを言ってごまかすと、タカハシはうるんだ瞳で


「そうなのか、本当にそうなのか、俺は嫌だぞあの席、しかもよりにもよって担任があれなんだから、平気で居眠りとか早弁できないなんて、俺に地獄に落ちろと言うのか。」


タカハシよ、お前は居眠りとか早弁を中学時代平気でやっていたとは、よくも気づかれずやったものだなぁ、と呆れ半分感心半分でよく、そんなでかい図体でやったのやら。


「ん、タカハシ、担任があれってなんだ?」


と、ふと思った疑問を口にした。そもそも、タカハシは何に怯えているのだろう?

僕の疑問に感づいたのか、タカハシは、まるで現代に古代人が現れたかの様に、信じられない顔をして


「サ、サカモト、あれを知らないのか・・・」


タカハシは絶句した後、僕の瞳を見つめながら、からかっているのかと、真意を探って、他意がないのが判ると大きくため息をついて


「俺の柔道部の先輩からここの担任の話は聞いているんだ。ここの担任はコバヤシ、それは知っているな?」


僕は、入学式でずいぶんと滑舌がよくハキハキと生徒の名前を呼ぶ先生だなぁとしか思っていなかったが、タカハシは僕がうなずくのを認めると


「担任のコバヤシの二つ名が、サイボーグコバヤシ、ロボコップコバヤシと呼ばれているんだ。なんでも、髪の毛は一糸乱れぬくらい整っていて、スーツは皴がなく、始業チャイムと同時に教室に入り、授業も板書をしながら、後ろで居眠りしている生徒を第三の目で的確にチョークを投げるという、もう、人の域を逸脱したアメコミにいそうな存在なんだぞ。」


僕はあまりにも真剣にタカハシが力説している内容があまりにも突拍子もないので大笑いしながら、タカハシの背中をトントンと叩くと


「大丈夫だ。単に先輩が脅して楽しんでるだけだから、ありえないよ、そんなこと。第一第三の目なんてあるわけないだろ。」


そんな様子を見てタカハシは、自分でもやはり、あり得ないことだとは理解しているらしく、からかわれたということにして自分に無理やり納得させて落ち着いてきたのか


「そ、そうだよな、ああ、脅されただけだよな、うん、ありがとうサカモト、こういった話は、尾ひれ、はひれつくもんな、あはは、じゃ、そろそろホームルーム始まるから行くぜ。」


僕はそんな、タカハシ見て、やはり不安なのか、朝会った時よりタカハシの背中が三分の一くらい小さく見えた。


そんな背中を見送った後、始業のチャイムが鳴った、と同時に教室のドアがいきなりガラガラと開いた。


「朝のホームルームを始める。」


と教室に入って来るなり40代のやせ型の七三で固められた、黒縁眼鏡の神経質そうな男性が登場した。

男性は教壇に立つと、生徒名簿を見たまま


「君たちの担任のコバヤシだ。出欠を取る。名前を呼ばれたら返事をするように・・・アイバ・・・イシカワ・・・」


クラスメイトは名前を呼ばれると各々「はい」と返事をした。僕もなんとなくその光景を眺めていたが、ふと、そーっと後方の教室のドアが開いて、女子生徒がほふく前進しながら入ってきた。

僕はええええ!と内心絶叫しながら、この世で信じられないものを見る思いで見てしまった。女生徒は、僕と目が合うとすぐ手で前を見てるようにとジェスチャーした。

僕は、うなずいて、何事もないような様子で前に向き直すと

コバヤシは、生徒名簿を見たまま

「ヤノ、初日早々遅刻とは何事だ。」

と、僕は再び内心ええええ!と絶叫して、本当に第三の目があるんだという、信じられない現実を突きつけられた。

ヤノと呼ばれた女生徒は、立って、頭を搔きながら

「先生すみません、登校途中に心臓発作を起こしたおばあちゃんを病院に連れて行ったら~」

ヤノ、もう少しうまい嘘を言えないのだろうか、とさすがの僕も思った。小学生ですらもう少しうまい嘘は言える。

コバヤシは、生徒名簿を見たまま「うん、うん」うなずきながら、

「それはいいが、朝起きて、時計を見て焦って登校したせいか鏡を見ていないだろう、寝癖がひどいぞ。」

ヤノは、「え、嘘」

と頭を触って焦ったのを知ってか、コバヤシは

「ヤノは後で職員室に来るように。」

と言って。ホームルームは終了した。コバヤシは、ヤノの行動すべてが手に取るように判るのだろう、本当のところヤノには寝癖などなかった。すべて計算ずくだった.

「えぇっ、嘘信じらんない!」

と、ヤノは泣きそうな顔で頭を抱えてしょげかえってしまった。さすがの僕も、あまりにも気の毒で、なだめる様に

「ヤノさん、大丈夫だよ、一言気を付ける様にだけ言うだけだよ、普通。」

ヤノはなだめられて、落ち着いてきたのか、溢れそうな涙を堪えて自分に言い聞かせるように

「う、うん、そうだよね、ありがとう、ええ、っとサカモト君。」

と机の名前を見て答えた。


― これが彼女との 出会い となった -

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