「ほらよ」

 放課後、学校を出た帰りの道で、黒川くんがゲームワールドを返してくれた。誰かにまた取られたりしないように預かってくれていたのだ。もちろん僕が頼んだのじゃなく、黒川くんの判断でそうしてくれた。多分、清家くんが自身のクラスの誰かに僕からゲームワールドを無理やり借りることになっているなどと話しているのを耳にしたんだろう。

 黒川くんは、見た目はさほど怖そうにしてないけれど、かなり悪い人という噂もあり、他の不良っぽい人たちから一目置かれているような存在だ。誰ともつるんだりせず、一匹狼という感じで、去年僕は一緒のクラスだった。でも、そのとき仲が良かったりしたわけじゃないのに、なぜ助けてくれたんだろう?

「お前、これから用事あるか?」

「え? ないけど」

「じゃあ、ゲーセンに行かねえか?」

 ええ? 知らなかったけれど、黒川くんもゲームが好きなのか。

「今から?」

「そうだよ」  

「うん、いいけど……」

「嫌なら正直に言えよ。別に怒んねえから」

「嫌じゃないけど、ゲームセンターに行ったことなくて、怖い人がたくさんいるって聞くから、不安だなと思って」

「だったら安心しろ。変な奴が絡んできたりしたら、俺が追い払ってやるからよ」

 普通なら、黒川くんがいくら強そうでも中学生だしと思うだろうが、さっきの何人も倒したらしい話を耳にしているから、確かに安心はできる。

「そう? じゃあ」

「ほんと、嫌ならいいんだぞ?」

「嫌じゃないよ、本当に」

 ゲーム好きとしては、行きたい気持ちは本当に、以前からあった。でも、ゲームがタバコやお酒と同列のものになっているように、ゲームセンターも不良の場所になって、大人でも入るのは勇気が必要な状態だから、とてもじゃないけれど近寄れなかった。

「じゃあ、西口のそばのほうがでかくていいけど、北口の少し先のところのに行こうぜ。そこならやばい奴、もしいても少ないだろうからよ」

「うん」

 西口のゲームセンターは、通っている塾の近くで、昨日パトカーが来たかもしれないところだ。あれが黒川くんたちがケンカしたからだったのかは、さすがに訊けない。

 僕は当然お金を所持していなかったが、黒川くんが持っていて出してくれるということで、ゲームセンターに直行した。したことのない寄り道をして、しかもその行き先がゲームセンターだなんて、普段なら誰かに見られたらやばいし絶対にできないけれど、今日は平気どころかワクワクしている自分がいた。

 到着すると、やっぱり不良っぽい人はいたものの、この店ではいつもなのか、まだ明るい時間だからか、人数も怖さかげんも思ったほどではなかった。

「これ、おもしれえんだよ。知ってるか?」

 あるゲームを指して、黒川くんは言った。

「ううん」

「そっか、ゲーセンに来たことねえんだもんな。じゃあ、やるから、見てろよ」

 そう口にして、そのゲームを始めた。

「すごい」

 ゲームの中身よりも、黒川くんのうまさに意識が行って、そう言葉が漏れて出た。黒川くんはそれがわかったようで笑みを浮かべた。悪そうな人たちの居場所だからじゃなく、本気でゲームをしに、黒川くんはゲームセンターに足を運んでいるんだ。

「やってみろよ」

「え? うん」

 僕は、操作の仕方を教わって、やってみた。

「お前も、うめえじゃねえか」

 ゲームワールドとの違いはちょっとで、すぐに慣れ、確かにうまくできた。そして、あらゆる物事なかでごくわずかな自信のあることの一つのゲームの腕を、家族以外に見せたのはこれが初めてだった。

 これ以降、僕たちはよく遊ぶようになった。

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