いくつかの手掛かり

 わたしは、キッチンとリビングのあいだにあるカウンターの上に、いくつもの写真たてが置かれていることに気がついた。


「あ。もしかして、あそこに置いているのは結婚式の写真ですか?」


 ソファーから立ちあがり、わたしとフーちゃんは写真へ近寄っていく。

 さっそくフーちゃんが声をあげた。


「え~。旦那さま、超ステキじゃないですかぁ」

「本当、カッコイイですね。精悍な顔立ちで、背も高くて」


 直前にお見合い結婚だと聞いたため、わたしはそれほど期待をしていなかった。けれど、かなり野生的な魅力を持つ風貌の男性が、彼女と並んで写真におさまっている。

 お見合い結婚で、この新居と綾さんの様子から察するに、きっと財力のあるお父上を持つ、どこぞの御曹司に違いない。


 ――これは、疑惑の旦那さまだ。


 俄然がぜん、元カノからの嫌がらせの可能性が高くなる。元カノからしてみれば、こんな優良物件、逃してなるものかという感じではなかろうか。

 あるいは、おモテになる旦那さまで、結婚前からの彼女との交際を、いまも続行中かもしれない。

 なんてことを思いつつ、わたしは結婚式以外の写真も眺めてみる。

 彼が、友人たちに囲まれた写真がいくつか。会社の同僚か学生時代の友人かわからないが、どうやら同性に人気のある旦那さまのようだ。


 その隣には、綾さんと女性が腕を組んで仲のよさそうな写真が並んでいた。この街並みは海外? だとすると、さっき聞いたストラップがおそろいの友人だろうか。

 その後ろには、両親と一緒に撮ったらしい写真がある。綾さんそっくりの母親と穏やかそうな父親……。

 わたしがこまごまと見ているあいだに、王子が綾さんにたずねた。


「浮気を疑うわけではないのですが、ご主人は、会社からの帰宅時間は遅いんですか?」

「いえ、そんなことはないです。けっこうきっちり七時過ぎには帰ってきます」


 顔の前で片手を振りながら、綾さんは答える。

 そりゃあ、新婚なんだもの。普通は急いで帰ってくるよね。


「それでは、最近遅かった日ってありますか?」


 続けて質問をした王子へ、綾さんは視線を落として考える表情を浮かべた。


「そうね……。先週の金曜日に、急に誘われたとお昼ごろに連絡があって、会社の同僚と飲みに行きましたけれど。帰ってきたのは十二時を回っていて」


 なんでも疑ってかかるわけじゃないけれど、急に入る予定って、彼女が連絡をしてきての浮気じゃないかな? なんて思ってしまう。

 すると、綾さんはパッと思いだしたように、顔をあげた。


「ああ、そうよ。郵便受けに入れられていたものを持ってきますね。それにも、気になることが書かれていて……」


 そう言うと、綾さんは立ちあがった。


「少しお待ちくださいね」


 そして、キッチンのカウンターの端のほうに置いていた、透明な袋を手にして戻ってくる。その袋ごとテーブルに置いて、王子の前へ押しだした。

 袋に入れているのは、あまり指紋をつけたくないためか、触りたくないためか。それを見たわたしとフーちゃんは、急いでテーブルのところへ戻っていく。


 王子が、持参していた白い手袋をはめる。

 そういうものを持ち歩いているだけで、なんだかプロっぽい。その上、王子がすれば、どんな動作でもステキに映る。見惚れちゃう。

 ――おっと、知的な美少女が、ヨダレをたらしちゃいけませんね。

 その役割は、フーちゃんのはずだもの。


 袋から取りだした紙は、どれも二つ折りにされた便箋くらいの――B5サイズのコピー用紙だろうか。でも、中身はマジックで書かれた手書きや雑誌から切り抜いたような活字を貼ったもの、ワープロ打ちもある。合計二十枚ほどだ。

 書かれた文章は重複しているものもあるが、「あの男は浮気をしている」「さっさと別れろ」「旦那は裏で悪いことをしている男だ」「この前の金曜日はわたしと会っていたのよ!」などだった。

 さすがにリアルで、うわぁ、とわたしは心の中で叫んだ。

 手袋をした王子が、紙の向きをそろえながら、テーブルの上一面に広げて並べる。


「この、金曜日は――というのは、さきほど言われていた、同僚と飲みに行かれた日でしょうね」

「はい。おそらく……」


 綾さんがうなずく。

 わたしとフーちゃんは、テーブルの上に身を乗りだして、紙に触らないようにチェックしていった。とたんに、グループチャットの音が鳴る。


「はいはい」


 わたしは立ちあがると、急いでテーブルの上空から広げられたビラの写真を撮り、魅夜子へ画像を送った。

 そのあいだに、フーちゃんが無邪気に口にする。


「これって女のしわざかなぁ。それだったら、旦那さまの浮気相手かしらん」

「やっぱり、そうでしょうか……」


 フーちゃんの言葉に、綾さんは表情を曇らせる。ジッと、目の前に並べられた紙へ、視線を向けた。

 依頼者にそんな表情をさせたフーちゃんを、わたしは軽く睨んでみせる。だが、当のフーちゃんはどこ吹く風のようだ。

 すると、またピロリンとチャット音が鳴った。


「今度は、なんなのよ……」


 そうぼやきながら、わたしはチャット画面を確認した。


「――なになに? えっと、先週の金曜日は、間違いなく同僚と居酒屋飲み。会社を出てからの足取りから店を割りだして、その防犯カメラで裏も取れた? って、このストーカー娘!」


 思わずあげたわたしの声を聞いて、のほほんと王子が顔をほころばせた。


「へえ。魅夜子ちゃん、すごいね」


 ちっ! 魅夜子に一歩、遅れをとったか。

 わたしとフーちゃんはニッコリとほほえみながら、見えないところでグッと握りこぶしを作って悔しがった。

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