イケメン王子と捜査開始!

 さっそく、わたしたちは、郵便受けに入れられたというビラを見るために、綾さんの自宅へと向かった。駅前の探偵事務所にいきなりやってきた彼女は、徒歩ニ十分ほどの住宅街に住んでいるという。


 案内役の綾さんが先頭を歩く。その後ろを、わたしとフーちゃんが並ぶ。いまは依頼者も一緒なので、ふたりで王子の両腕にぶら下がるなんて見苦しい真似ができないため、仕方がない。そして、王子がひとりで最後についてくる。

 わたしと並んでいても面白くないのか、フーちゃんは綾さんのほうへ寄っていった。

 彼女の二の腕に、フーちゃんはなれなれしく自分の腕を絡める。


「なんだかいい香り! 綾さん、どんな香水を使っているんですかぁ?」

「ええ、昔から気に入って使っている香水なのよ。そんなに珍しいものじゃないけれど」


 綾さんから香水の名前を確認したフーちゃんは、暗記モノが苦手なくせに、こういうときだけしっかり記憶するようだ。


「お花の香りっぽくてステキ。あたしも真似しちゃおうかなぁ」

「ふふ」


 笑みを浮かべる綾さんに、フーちゃんはさらにずうずうしく踏みこんで、まるまるっちい顔を近づけた。


「ほとんど化粧しているように見えない。綾さんって、どんな化粧品を使っているんですかぁ?」


 フーちゃんの言葉に、わたしは心の中でつぶやいた。


「中学生のわたしの肌は、まだまだ若いんだもの。スッピンで勝負できるはず」


 とはいえ、男の人って、化粧のうまい女性に惹かれるものなのかと心配になる。わたしは、ささやくように王子へ探りをいれた。


「今回の依頼者、美人ですよね。色気もあって。そのうえお化粧もうまくて」

「そうだね、きれいな人だね」


 王子は、無邪気な目をわたしに向けて、にっこりと微笑んだ。

 その笑顔から、王子は彩さんの色香にまったく動かされていないと確信したわたしは、ニヤリとよこしまな笑みを浮かべる。そして、慌てて王子に見られないように顔をそらせて、ガッツポーズをした。


 そうよね。いくら綾さんが美人でも王子の好みじゃないのなら、強敵にはならないわ。なんていっても結婚しているんだもの。

 そう考えながら、綾さんから一生懸命、おしゃれの情報をもらおうとがんばっているフーちゃんを、わたしはなま温かい目で見守った。



 しゃれたデザイナーズマンションのエントランスホールは、外側が自動扉と内側がオートロックの二重扉になっている。ただ、住人が通るときに、そしらぬ顔で同時に通ることは、じゅうぶん可能だ。

 綾さんの新居は、そのマンションの三階だった。陽がよくはいる南東の角部屋で、わたしたちは、とても居心地のいいリビングに通される。

 探偵事務所に置かれている応接セットとは比べ物にならない、センスある革製のソファーと天板が大理石のテーブル。フーちゃんは、瞳をキラキラと輝かせて腰をおろすと、天板を両手で無遠慮になでまわした。


「すっごぉい! 座り心地がいい! テーブルがつるんつるん!」

「フーちゃん、はしたないなぁ」

「あはは」


 そんなわたしたちを、おっとりとした笑みを浮かべて眺める王子と綾さん。

 すぐに綾さんは、テーブルの上に携帯を置くと、キッチンのほうへ向かいながら、声をかけてきた。


「先にお茶をいれてくるわね」

「あ、おかまいなく!」


 わたしが慌てて返事をする。そのそばで、フーちゃんが目ざとく、テーブルの上に置かれた綾さんの携帯のストラップに気づいた。


「あ、このストラップ、かわいい! 見てもいいですかぁ?」

「もう! フーちゃんったら!」


 たしなめるわたしに、キッチンにいる綾さんは笑ってうなずいた。


「瞳こそ、堅苦しいわよ」

「礼儀ってものがあるでしょう?」


 そう言いながら小突きあうわたしたちだが、せっかくなので、ひたいを突き合わせてストラップを眺めた。

 シルバーの厚みのある楕円形の台に、かわいい猫の立体的なシルエット。その猫の視線の先に、これは誕生石なのか、赤い宝石が埋めこまれている。


「かわいいのに、なんだか大人っぽくてステキ。こういうの、あたしもほしいなぁ」


 目を輝かせてフーちゃんが眺めている横で、わたしは、いかにも高そうだと値踏みする。これは中学生がそうそう手にできるものではないはずだ。

 なんて思いながら王子にも見せると、彼も、ゆっくりうなずきながら口を開いた。


「とてもかわいいね。これは――日本で手に入れたものなのかな?」

「ああ、それは、それは大学のころから親しくしている友人と海外へ旅行したときに、おそろいで買ったものなの」


 そう言って、綾さんは両ひざをつき、トレーに乗せてきた紅茶のティーカップをテーブルの上に並べる。そして、トレーを胸もとに抱えたまま、懐かしそうな目をした。


「学生時代からずっと女友だちとばかりいっしょにいて、この年齢になるまで付き合った男性もいなくて。心配した父が持ってきたお見合いで、いまの主人と結婚したのよ」


 そう言って、綾さんは照れたように笑う。

 それは、わたしから見ても、きっと旦那さんと相性が良かったのだろうと思わせる、じゅうぶん幸せそうな笑顔だった。


「綾さん、専業主婦なんですよね。昼間はヒマなんじゃないですかぁ? あたし、またここに遊びにきてもいいかしらん? いろいろオシャレを伝授してもらいたぁい。あ、綾お姉さまって呼んでもいいかしらん」


 上目づかいでお願いをするフーちゃんに、綾さんは苦笑を浮かべ、いいわよとやさしく返事をする。

 もう、フーちゃんっったら、なんてずうずうしいんだろう。

 思わずわたしが綾さんに、ごめんなさいごめんなさいって謝ってしまったじゃない!

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