依頼人は清楚な美人!
「こちらは探偵事務所でしょうか。お願いがあってうかがったのですが……」
扉を開けて入ってきたのは、二十代後半と
黒々とした長い髪は、ゆるくねじりまとめて後ろに垂らしている。軽い前髪の下に大きな瞳、小ぶりの愛らしい唇。透き通るような色白の肌。すらりとしたしなやかな体は、上品な色合いのAラインワンピースに包まれている。中学生のわたしからみても、あか抜けた色気のある美人だ。
彼女は不安そうな表情で、事務所内を見渡した。
「所長。なにポカンと口を開けているんですか。ほら、仕事仕事」
わたしはそう言いながら、すばやくソファーに置いていた学校カバンを手に取って、深く座りこんでいたフーちゃんを追いたてる。
そして、依頼人である女性と所長を応接セットへ導いたあと、フーちゃんとパーティションの向こう側へ身をひそめた。
探偵事務所を訪ねてきた依頼人だ。さすがに仕事の邪魔をする気はない。
すぐに給湯室へ向かった王子が、数分後にコーヒーをいれて女性の前に置くころ、だいたいの依頼内容が女性の口から語られた。
「それで
所長が手もとの書類にペンを走らせながら確認する。
綾さんは、左手の薬指にはめたシンプルな指輪をなでながら、ゆっくりとうなずいた。
「はい。たぶん、私の家にだけ入れられているみたいで。主人と別れろといった内容のものが……。警察に相談をしたのですけれど、実害は出ていないから、自宅周りの巡回を増やすといった対処だけで……」
困った表情で、綾さんはため息をついた。
書き終わった所長は、手に持ったペンで側頭部を掻く。
「ご主人は総合商社にお勤めか……。結婚したてで、奥さん側に心当たりがなければ、このタイプは、結婚前に付き合いがあったご主人の別れた女性が多いんですよ……」
「そうですか……。一応、主人にもビラを見せたのですが、そのようなことをされる方に心当たりがないらしくて」
そうつぶやいたあと、綾さんは言葉を続ける。
「私は
「そうですか。ただ、実害はビラを入れられているというだけですし、我々が関わったことで、今後の嫌がらせがおさまるかもしれません。そうなると、必ず犯人を現行犯で捕まえられるわけでもないですよ?」
「はい。これ以上の嫌がらせがなくなるのであれば、それはそれでいいですし……。もし、相手の方が特定できて、そのあと話し合いがこじれても、そのときは警察でも弁護士でも任せられるので」
そこまで聞いた所長は、やがて大きくうなずくと顔をあげた。
「ご依頼はわかりました。ただ、いますぐ動ける探偵は……」
そう言いながら、事務所内をぐるりと見まわした。
その視線が、後ろに控えていた王子に向けられる。
視線の意味に気づいたのだろう。王子は、ふわりとした笑みを浮かべて口を開いた。
「所長。ひととおり訓練は受けておりますので、ぼくでよろしければ」
その言葉を聞いたとたんに、わたしは我慢ができずにパーティションから飛びだした。
「わたしも手伝います!」
「あたしも!」
わたしに続いて、フーちゃんも慌てたように手をあげる。
すると、所長が珍しく真面目な顔で言った。
「おいおい。中学生に手伝わせるわけがないだろう」
「でも、話を聞いていたら、これは第三者の女性の目から見た情報も、有効だと思います!」
わたしは所長へ向かってゴリ押しする。そして、本気度をアピールするように王子へ真剣な表情をみせた。
フッと笑みをこぼすと、王子は綾さんへ、そのステキな顔を向ける。
「ぼくがこの件を担当させていただきます。人手があったほうが気づきもありますので、彼女たちに、助手として手伝ってもらいたいのですが、許可をいただけますか」
「え? あ……。はい」
新婚ホヤホヤとはいえ、王子の視線を受けてさすがに頬を赤らめながら、綾さんはとろりとした表情でうなずいた。
「おいおい。大丈夫か?」
所長は苦虫を噛みつぶしたような顔になる。
その所長に対しても、王子はにっこり笑った。
「ぼくが、ちゃんと彼女たちを護りますから」
いやいやいや!
この線の細いおっとり王子に、わたしが護られるなんてことはないわ。
でも、乙女心としては、純粋に嬉しい。
これは、逆に犯人に捕まってしまいそうな王子さまを、わたしが護ってあげなきゃ!
なんて決意を固めたわたしの肘を、フーちゃんが小突いた。
こそっとささやいてくる。
「ちょっと、瞳! ひとりで抜け駆けなんて、しないでよね!」
やっぱり。
ひとりで王子にくっついて行動、あわよくば、お付き合いの既成事実を――なんてわたしの考えは、フーちゃんに筒抜けだったか。
そのとき、ピロリンとチャット音が鳴る。
――わたしも手伝うから!
予想どおり、魅夜子も参戦のようだ。
その様子を見ていた所長は、あきらめたように言った。
「まあ、命の危険が伴うような依頼でもないし、人手もあったほうがいいか……。臨時でバイトという名目で雇ってやる。だが、危険だと思ったらすぐに手を退けよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます