おんなのこ探偵団!

くにざゎゆぅ

お目当てはイケメン大学生!

「おじゃましまぁす」

「ほんとうに邪魔だから帰れ」


 一史ひふみ探偵事務所の扉を開けて、現役中学生のわたし――ひとみが、ツヤツヤな黒髪の頭を横に下げながら、ちゃんとかわいらしく挨拶したのに。

 この無精ひげの所長、なんて言い草だ。


「ちょっと、なによ。花の女子中学生がきたのよ。ぱぁっと、事務所が華やいだでしょう?」


 唇を尖らせて、わたしは所長へ文句を言った。そして出入り口近くにある、事務所に不似合いな豪華応接セットのソファーに、学校カバンを置く。

 あとからフワリとした足取りで入ってきたフーちゃんも、わたしにならってカバンを置くと、ついでに制服のスカートのひだを気にしながら、ゆっくり深々と腰をおろした。


「おまえらが遊びにきても、ぜんぜん依頼と関係ないじゃねぇか」


 げんなりした表情の所長は、つい最近、四十になったばかり。わたしのお父さんと同じ年だ。この探偵事務所を仕切っていて、仕事はできるかもしれないが、自分の見た目に無関心。なので、さっぱり女性にモテない。

 そんな所長の苦情を、いつものように右から左へ聞き流しながら、わたしは事務所内をぐるりと見まわした。


 右側の窓のない壁一面に置かれたスチール書庫には、たっぷり書類が押しこまれている。左側のパーティションの向こう側にある従業員用の席は、いまは出払っているらしく、人の気配はない。

 とくに変わった様子はないかな?


 ――おや?

 正面の窓際に並んだタワートロフィーがひとつ、増えている。


「ひやかしなら、とっとと帰れ帰れ」

「依頼者もいないんだし、少しくらい、いいじゃない。それよりあれ。またトロフィーが増えているんじゃない? 上についている人形は格闘系かな?」


 わたしが指をさすと、所長はニヤリと笑った。


「ああ、あれね。金ピカだし、窓際に置いているだけで事務所が華やぐだろ?」

「なによ! それって、わたしたち女子中学生よりも華やかってこと?」


 ムッとした表情をみせると、所長は無精ひげをなでながら、声を立てて笑った。


「こんな商売だからね。ただ免状やトロフィーがあるってだけで、それを見た依頼者の信用度が増すんだよ」


 そんな理由だけで並べるのか。

 こういうトロフィーは、二、三千円程度で誰でも買えるということくらい知っている。


「もういいじゃない? 瞳。それより彼はどこかしら?」


 フーちゃんが呆れたように、会話に割りこんできた。

 ウエーブのかかった自慢の髪先を、指でくるくる巻きながら首を伸ばし、給湯室のほうをうかがう。

 そう。

 わたしと、フーちゃんこと冨久ふくの目的は、このむさ苦しい所長ではない。

 彼の甥っ子となるイケメン大学生なのだ。



 フーちゃんが、そう声にだしたとたんに、事務所の扉が開いた。

 姿を見せたのは、すらりとした細身で背の高い、超イケメン青年だ。

 涼しげな目、魅惑的なほほえみをたたえた口もと。キレイな栗色の髪はサラサラとしていて、なめらかな頬をシャギーカットで縁取っている。

 細い首から、浮きでる鎖骨までのラインの、なんとも美しいことよ。

 スタイルが良いために、ただのTシャツと細身のジーンズというスタイルでも、超絶カッコイイ。


 そんな彼、一史叶祷斗ひふみかいとは、近くの大学に通っている心理学科の一年生だ。

 うるわしい彼がこんなむさ苦しい事務所でバイトをしているのは、所長の兄である彼の父親から、世間知らずであるため世の中を教えてやってほしいと頼まれたからだと聞いている。


 この探偵事務所に籍を置く従業員探偵は六名いて、いつも忙しく外出している。

 そのため、彼はアルバイトとして書類整理や、担当がいないときに、代わりに依頼者へ渡す書類の最終チェックをしているそうだ。


 事務所へ入ってきた彼は、わたしとフーちゃんに気づくと、やわらかなまなざしを向ける。そして、花がほころぶような笑みを浮かべた。


「ああ、いらっしゃい」


 その王子のように気高くやさしい笑顔に胸を射抜かれて、たちまちフーちゃんは骨抜きになる。口を半開きにさせて、目はハートの形になっていた。

 わたし?

 わたしはフーちゃんみたいにヨダレをたらすなんてはしたないこと、しないわよ。


「叶祷斗。そんな客でもない中学生に、愛想を振りまくんじゃねぇよ」


 あきれたように所長が言う。

 所長は当然、わたしたちがここに通いつめている目的を知っていた。

 気づいていないのは、おそらく当の本人だけだ。


 所長の声など、どこ吹く風とばかりに目の保養をしながら聞き流していると、ピロリンと軽快な音が鳴った。

 音の出どころは、わたしとフーちゃんが持っているスマホ――スマートフォンだ。

 わたしは素早くスマホを取りだし、グループチャットを確認した。

 そこには、親友の魅夜子みやこからのメッセージがひと言。

 ――いまの王子の微笑み、ゲット。


「あのストーカー娘、どこから撮影してんのよ!」


 わたしは思わず叫ぶ。

 同じように、グループチャットを確認したフーちゃんも、わたしと同時に、鼻息荒く叫んでいた。


「魅夜子! その画像、あたしにもちょうだい!」


 呆れたような目になって、わたしはフーちゃんを見た。

 わたしとフーちゃん、そして魅夜子は幼なじみで、同じ小学校出身だ。

 そのあと、わたしとフーちゃんは同じ近所の中学校に進んだが、小学校のころから体が弱くて休みがちだった魅夜子は、すっかり引きこもってしまった。

 いまは中学校に在籍したまま、教科書と通信教育を利用して、自力で勉強を続けている頑張り屋。わたしよりもいい成績をとれるくらいだ。

 そんな魅夜子は、凄腕ハッカーであり、このような盗撮も得意で……。

 ――それ、犯罪だよね?


「あはは。楽しそうだね」

「おい、叶祷斗。たぶんおまえさんの写真が出回っているぞ。そこは怒るところだ」


 呑気に笑っている王子を、こちらも呆れた表情になった所長がツッコむ。

 そのとき、探偵事務所の扉がノックされた。

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