第20話 決着(5)―影

長い廊下を駆け抜ける、残る〈十大魔皇オーバーズ〉のメンバー。

彼らの頭に過ぎったもの。それは同じであった。

(((情報が漏れている――)))


イヴリンとかいう女が

『わざわざイギリス支部からやってきた』みたいなことを抜かしていたが、考えてみればおかしな話。

世界最強が中国支部へ乗り込むことを決定したのは3日前。

月練山を海上へ移動させ、支部の建物の扉の先に魔獣を配置。イギリス支部から中国支部までやってくる敵。

これを、たった3日でできるわけがない。

――情報が漏れでもしない限りは。

「ベルナルド――どうすんだ。もう戦力は半分以下だ。日本刀女、爪女医、反射野郎、リチャードが交戦のため離脱。オレはアイツらが負けるなんて思ってないが―――」

情報漏れだけでなく、目先の戦力についてもミリアは心配していた。

「個人的理由で勝手に交戦しすぎだろ」


出発前、世界最強の魔法士から与えられた司令は明の殺害。そのための手段や課程は特に指示をされていない。だから、ここで彼らがどのような行動に出ようとも、それが明の殺害に繋がるのならば問題ない。

だが、これだけの人数を離脱させるのは明らかな命令違反。

いや、これがもしも――明を取り巻くボディガードとの交戦ならば許されたはずだ。しかし現実は違う。

家の為に戦った長閑。

命の為に戦った暦診。

力の為に戦った白恋。

恋の為に戦ったリチャード。


どいつもこいつも個人的な理由だ。

至って個人的で我儘で自分勝手で自己中心的な理由のために戦っている。

、とミリアは憤っていた。

「お前の考えも、分からんでもない」

やけど――とベルナルドは続ける。

「きっと俺は〈俺〉の為に戦うし、ララさんだって〈酒〉の為に戦うだろうよ。ミリアは、そんな風に、?」


ミリア・ワトソン、10歳。

史上最年少の〈十大魔皇オーバーズ〉である。その小さな少年――少女の肩には、不釣り合いな程の称号が乗っている。

彼が、彼女が。

ミリアが命を賭けても護りたいもの。

それは。

それは――いや、悩むほど難しい問題じゃないだろう。そんなものとうの昔に決まっている。

「オレは、姉ちゃんの為になら――ジョージ・ワトソンの為になら、命を賭けてやっても良い」

姉と2人、孤独に耐えた。

飢えに耐えた。

そんな思いをしたくないから最強を目指した。

誰かに見下され、見下ろされ。蔑まれ。侮蔑され。侮辱され。その果てに手にした、己が上に立ち人にさえなれない哀れな命を使役する力。

固有魔法――心と思想と精神と魂の写し鏡。

「だろうな――ミリア。良いか、その決意を絶対に曲げんな。何があっても捨てたらアカン。最後に1つ、それさえ持ってりゃあえぇのさ。どんなにボロボロでも、それが胸にあんなら俺達の勝ちだ。それを忘れんなよ」

大人の余裕たっぷりに、ベルナルドはミリアの頭を撫でる。ミリアからすればちょっと痛いくらいの力なのだが、それが全く苦ではない。むしろその痛みさえ心地よい。ベルナルドに、亡き父の幻影を重ねているのか。


あぁ――これだ。

ミリア・ワトソン。

体は女、心は男。だがしかし、恋愛対象は男。

リチャードが、好きな女と決着をつけるために離脱した。正直に言って、羨ましい。

あそこまで素直に想いをぶつけられる相手がいる。それがどうにも羨ましい。

身体的性別と、心の性別がチグハグでどうにもならないミリアからすれば、それは羨望以外の何物でもなかった。

「痛ぇよ、気安く触んな」

頭を撫でるベルナルドの手を払い、ミリアは思考を切り替える。


(で――情報の出処はどこなんだ?)

あの場にいたのは〈十大魔皇〉と白恋だけ。

白恋の可能性はない。ミリアは、それだけならば断言できる。

あのときオスカーに喧嘩を売ったのは、残る十大魔皇のメンバーに力を示すため。そうやって、力技で自分を認めさせたような奴が裏切るだろうか。

「イヴリンから聞き出せないか?」

ミリアの提案。

「無理だな。リチャードと交戦中のはずだし、それに――リチャードが俺たちと同じ結論に行き着けると思うか?」

それをベルナルドは即座に否定する。

リチャードの頭で、〈情報が漏れている可能性〉に思い至れるか。

――不可能だ。

3歳児がたまたま夜空を見上げ、新しい星を発見するくらい有り得ない話だ。

「でもまぁ――向こうから来てくれりゃあ、話は別だな」

ベルナルドはただならぬ気配を感じて振り返る。ひたひたと近寄る〈死〉そのもの。裸足の彼女が、全力疾走でこちらへ向かってくる。その形相はおおよそ人とは思えぬ、死霊の様であった。

それがイヴリンであると理解するのに時間は要らなかった。

「どうなってやがる!!まさか、リチャードが負けたのかっ!?」

ミリアは目を見開いて驚嘆の声をあげる。

「いや、これは―――」

ララがミリアを庇うように、彼女の前に立つ。

「イヴリン固有魔法ね――ヒック!!」

ララの周囲の湿度が上がる。

ミリアの髪が湿気で暴れ出す。べっとりと服が肌に張り付く不快感。

この一瞬でララは、大気さえ変質させる程の魔力を練り上げた。

「静寂島新伝流――」

床下から、聞き覚えのある声がする。

「――可惜夜あたらよ

刹那、イヴリンがサイコロ状に細切れにされる。

床を切り抜き、イヴリンを裁断。気付けば納刀まで終えている。

崩れたイヴリンを踏みつけて、静寂島 長閑が現れる。

「俺もおるで!」

「私もいるわ」

次いで、床穴から出てくる漆聖とアレクシア。

「再会の喜びやら疑問やら、いろいろあるでしょうけど――剣で止まるような効果じゃないわね」

ララは未だ、臨戦態勢。


「いたい。いたいいたい。いたいいたい。いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ!!!!!!!!!!!!!」

細切れのイヴリンは、鼓膜が破れそうなほど大きな声を出しながら再生する。

「ねぇ――私、死ねないの」

だから――と、上体を大きく後ろへ逸らして。

「私に〈死〉を教えて!!!」

その体勢から戻る反動と共に、ララへ飛びかかる。

ララは自身の前に水の球体を生成する。それは身長190センチはあろう漆聖でさえすっぽりと収まる大きさ。

水に体を取られたイヴリンの勢いは衰える。

だが彼女は特に苦しむこともなくその水を泳いで抜けようとする。しかし、その水の球の中には、複雑な水流がある。泳いで抜けられるような緩い流れではない。

「イヴリン・アイザックか。こりゃまた面倒な相手やな」

漆聖は彼女を知っているのか。

「そりゃ知っとるわ。イヴリンと組んだことあるし」

――それだけで、彼女がどんな存在か理解できる。

イヴリンは、完全に裏社会の人間。

ならば、その固有魔法も当然――戦闘向きだろう。

「〈死霊幽魂ルーインズ〉―イヴリン・アイザック。固有魔法の1つに〈藁人形ストローマン〉ちゅうモンがある」

藁人形論法――という論法がある。

例えば、「子供は外で遊ぶべき」という主張があったとしよう。それに対して「外は車が多い。お前は子供に交通事故に合えと言っているのか」と、相手の主張を曲解し歪めて反論する手法の事である。

イヴリンはこれを、固有魔法として発現した。

「1度でもイヴリン自身を敵と認識したら最後や。イヴリンは――〈私を敵と思ったということは、私のことを殺そうとしている。ならば先にこちらから殺してやる〉という過激な論理の飛躍を。君ら、イヴリンを警戒したやろ?」


〈十大魔皇〉には、思い当たる節があった。

それは、リチャードが腕を熱したあのとき。リチャードが警戒するということは――と思い、彼らもイヴリンを敵と認識した。

認識してしまった。


「そうなったら最後。イヴリンは〈敵〉を殺すまで終わらないで。完全自動の追尾型の分身を作る。自身で思考し攻撃する分身を作る。その分身の制御はイヴリン自身にも不可能や。こっちが飯食ってても寝てても関係ない。いつどこでどんな風に襲われるのかも分からない。それが一生続くんやで」

ちなみに――と漆聖は続ける。

「その分身は、敵1人につき1体。やからリチャード、ミリア、ララ。ほんで今、分身を斬った長閑。合わせて4体の分身が来るはずや」

最悪の足止めだ。

分身を切り刻んでも再生する。漆聖は説明しなかったが、つまりはそういうことだ。

不死身の分身は対象を殺すまで止まらない。

「まぁ頑張りや。――って見捨ててもええんやけどな。さっきのお詫びも兼ねて何とかしたる」

真の目的を漆聖は説明する。そして最初に戦いを仕掛けたことを謝罪して、協力を申し出た。

ここで足止めをくらうワケにもいかない〈十大魔皇〉のメンバーはそれを承諾。

「一応これでも忍者なんや。手の内は晒せへんで。お目目しっかり閉じとき!」

漆聖は、本日2度目の〈極〉を発動。

向かってくる残る3体の分身も、その力の射程圏内に入ったその瞬間。

「〈影の極〉――」

極の為に魔力を練り合わせようとした――ただそれだけで、その場の全員が凍えるような寒さに襲われる。

だがその寒さは、冬のような寒さではない。

体の底の底の更に底から凍てつくような、得体の知れない不気味さから来る寒さだ。鳥肌が止まらない。目を閉じているため、彼らには何が起きているのか理解できない。それも相まって恐怖が加速する。

安全バーも無しにジェットコースターに乗っているような。海外でガリガリの野良犬に噛まれたときのような。空腹の猛獣と同じ檻に入れられたような。否――そのどれもが、この恐怖の例えとして不適切だ。

――どんな恐怖とも違うが、重く背中にのしかかる。味方であるはずなのにここまでの恐怖。敵としては絶対にくらいたくない。


天位 漆聖のソレは、今までの〈極〉の発動とは大きく異なっていた。

力強く手を叩き合わせることはなく。その力の名をただ発するだけ。

暗路あゆめ――〈黄昏幽暗冥暗之帖ジョニーウォーカー・イクス〉」


闇が広がる。

1寸先さえも視認できない、闇が広がる。

死神に頬を撫でられているかのような、そんな不吉な闇が広がる。建物内の照明――そんなもの無意味。この力の前では、ありとあらゆる光は吸収されてしまう。


漆聖の極―〈黄昏幽暗冥暗之帖ジョニーウォーカー・イクス〉は発動と同時に、自身を中心とした半径20メートルを魔力の闇で覆う。

その闇の中では、5秒ごとにランダムで感覚が2つずつ奪われる。

視覚と聴覚を奪われた5秒後には、視覚と聴覚が復活。しかし嗅覚と味覚が失われ――とこれが延々と続く。奪う感覚は五感だけではない。場合によっては痛覚や〈距離感〉なんてのも奪われる。

――が、無論その〈感覚を奪う〉というのが能力の真髄ではない。

これで奪われた感覚が、合計で10を超えるか、闇の中に100秒以上留まると次の段階。

相手は、この闇に吸収されてしまう。

吸収された相手は、最初からこの世に存在などしていなかったかのように、他の人からは認識されなくなる。記憶からすっぽりと抜け落ちる。

――が、これも当然ながら

この闇が吸収した相手の能力だけは消えない。この闇は元々、漆聖の魔力である。それが相手を吸収するということは、

それはつまり、漆聖の扱える能力が増えるということ。

――この魔力の闇を展開する〈極〉の真髄。

それは、闇を以て敵を吸収し、己の力とすることである。


「――もう目ぇ開けてええで」

闇は消え去り、後に残ったのは魔力の残滓のみ。何が起きていたのか想像はできないが、漆聖の余裕そうな態度を見るに、助かったのだろう。

胸を撫で下ろす一行だが、それで終わるはずもない。

「これはあくまでも一時的な対処や。また別の分身が襲ってくる。完全に止めたいのならイヴリン本体を殺すしかないで」

それなら、リチャードが――とベルナルドは状況を説明する。

「なるほどな。――最悪やな」

状況を説明された漆聖の最初の一言は、まさかの〈最悪〉であった。

「イヴリンも〈二重魔法士デュアル・キャスター〉やねん。固有魔法は2つ。さっき言うたやろ?〈固有魔法の1つに〉って。てことは2つめがあんねん。その2つめが、リチャードと相性が最悪なんや」


熱を操るリチャードと相性が最悪の力。

ならば熱を奪う能力だろうか。

他のメンバーには想像がつかない。

「イヴリンの2つめの魔法はな―――」

漆聖の口から語られる、2つめの固有魔法。

それは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る