第18話 決着(3)―反転

「巨大な蛇の殺し方、師匠の誰も教えてくれなかったな」

糸を編んで作った刀を構えて白恋は目を凝らす。そこにいるのは巨大な蛇の魔獣。

知性を持ち、更には魔法を操る〈魔導獣マギ〉である。それを前に1人で呟く白恋。今の彼に余裕はない。気を抜けば透明な蛇を見失うからだ。

「オレはお前を認めてねぇ。でも手助けくらいしてやる」

隣にミリア・ワトソンが並び立つ。そして白恋の制服のポケットに何かを突っ込む。

「ソイツは、圧縮したオレの人形の〈核〉だ。お前に5体だけ貸してやる。魔力を込めりゃ異形に成長する。お前の命令で動くようにしてあるから、好きに使え」

彼は全てが己の思い通りになると思っている。全てを支配したいという欲のままに生きている。

姉のジョージと共に孤独な人生を歩んで来た彼にとって、〈支配欲〉だけが生きる原動力であった。今だって、白恋に人形を渡したのもその支配欲が理由だ。ここで死なれては困る。この男はまだまだ使える。そんな男に恩を売っておけばいつかそれが何倍にもなって返ってくるだろうと、期待してのことだ。

「ありがとう」

――そんな欲望からくる手助けだと気付いていながら、白恋はお礼を言った。

「俺が一撃、叩き込む。その隙に脇を抜けて先に行け」

白恋の構える手に、更に力が入る。

「真窮流剣術・秘剣の捌――」

目を凝らし、眼前の巨大な透明の蛇を睨みつけて。

「――雀蜂!!」

真窮流剣術に存在する十の秘剣。

それらと、白恋の放つ秘剣は異なる技である。技の基本形は同じであるが、細部まで見れば別物と言える。それは彼の体質故に。

本来の〈雀蜂〉は、一撃に全てを込める刺突技なのだが、白恋の〈雀蜂〉は違う。

1秒間で128連撃を叩き込む技となっている。

本来の〈雀蜂〉は、刀と己の腕に魔力を流して、それらを合わせて1つの刀と定義する。それを腰から腕の筋肉の全てを使って放つ一撃だ。

一方、白恋の〈雀蜂〉はというと連撃。それは、重い体を動かす為に常に〈身体強化〉の汎用魔法を使っていることに起因する。既に魔法を発動している彼からすれば、刀と腕に魔力を流して1つの刀にすることは困難である。例えば、それこそ〈影〉や〈剣聖〉、〈英雄〉ならばできるだろう。しかし今の白恋にそこまでの技術はない。

ならば、真窮 寅次郎が1撃に込めるその殺意を、力を、剣戟を。128回に分けて一瞬で叩き込めば良いのだ。

相手からすれば、〈一撃〉も〈1秒間に128連撃くらう〉のもさして変わりはしない。

どうせ死ぬのだから。


白恋が狙いを定め攻撃したのは、蛇の左目であった。視力を奪い、死角を増やせばそれだけ立ち回り安くなる。その想定を汲んで、〈十大魔皇〉のメンバーは左側から抜けて先へ進んでいく。

遠くなる彼らの背中を見送り、白恋は再び蛇と相対する。

「悪いな、蛇」

眼球を潰された痛みに悶え苦しみ、暴れる蛇の魔獣。それに対して、白恋は謝罪の言葉を口にする。

「――汝、謝るでない」

突如、頭の中に声が響く。

「我のような強き者は、弱者の謝意など気にもせぬ」

威厳と威圧。その声色は、それらを感じ取るのには十分すぎる程に低く響いている。

「魔導獣ってのは、知性があるって聞いてたが――言葉まで操るとはな」

その声の主こそ、目の前にいる蛇であった。単なる魔獣ではないことを理解していたはずの白恋も、まさかの人語を介する蛇に驚きの声をあげる。


「我は我を傷付ける者を許さぬ。左目の分をきっちりと払ってもらおうぞ」

透明な蛇の言葉。その口調から察するに、彼の自尊心はとてつもなく大きい。

「我は蛇の中で最も強い。最強の蛇を相手に、人間が戦えるとは思えんな」

「その人間に目を潰されたのはどこのどいつだよ。お前のそれは、蛇であることへの〈誇りプライド〉じゃない。〈驕りプライド〉だ」

自尊心の大きさとは裏腹に、その中に眠る己への自信に似た感情は小さい。故にそこを責められれば、蛇は忽ち怒り狂う。

「我が驕っているだと?驕っているのは汝ら人間ではないか!我をイタズラに改造したのは人間だ!!」

「あぁ。だからこそ、〈人間〉が〈お前〉を救ってやる」

白恋は、常に己へかけている身体強化の汎用魔法を解除する。そして、いつかアレクシアに扮したガレスへ放った理外の固有魔法を発動する。

魔導獣――魔法を操る魔獣。だから何だと言うのだ。そんなもの、関係なく殺してしまえば良いだけのこと。

暦診の願いを叶えたうえで、蛇の魔導獣を殺す。

その矛盾を解決できるのが白恋の固有魔法である。身体強化の汎用魔法を解除。それはつまり、急に襲われたら動けない。体が重すぎて、鈍重になっているから。だが、それすらも凌駕する、の一手が、固有魔法。

「固有魔法――〈奈落の流星ラヴクラフト〉」

発動の直後。

蛇の魔導獣―〈魔導獣・幻極白蛇竜マギ・オフィオフォビア〉は息絶えた。

その蛇の亡骸に再び固有魔法を発動する白恋。すると、その蛇は息を吹き返して動き出す。しかも――透明化は解除され、元の大きさへ戻っている。

〈シュルシュル――!〉

その蛇に発語能力はなく、舌を高速で動かすのみとなっている。

その蛇は白恋をじっと見つめながら寄ってくる。その瞳に敵意を感じることは無い。白恋は試しに左手を床に付き、蛇を誘う。その誘いに蛇は乗り、彼の手に頬を擦り付けて甘えるような仕草をとる。

「お前は自由だ。どこへでも行け」

蛇を手に乗せ建物の外へ。暦診と合流して、蛇を逃がす。2人でその姿を見送り、勝利を確かめ合う。

「少年。君の固有魔法は――」

「〈奈落の流星ラヴクラフト〉です」

「いや、効果を、能力を聞いている」

「――秘密です」

自身に身体強化の汎用魔法を掛け直して右手の人差し指を口元に当てる。

そのわざとらしい、彼らしくない仕草に暦診は違和感を覚える。何か無理をしている。どこか悪いのか?痛いのか?――否、そんなはずはない。彼の体にかけられた〈呪い〉のせいで、その体にはダメージが通らない。だが、今の彼は明らかに何かを隠している。

「先に行きましょう」

暦診の思考を遮るように白恋は歩き出す。

「待て。刀の嬢ちゃんは――」

彼女の制止に、白恋は。

「俺も先生も、〈矜恃プライド〉を持って戦った。それは長閑も同じ。その決意に水はさせない」

止まることもなく、建物内へ進む白恋。

「分かったよ少年」

ため息1つ、暦診はこぼして白恋についていく。

(俺の制服に入ってたこの―――何だこれ。ミリアの人形みたいなこれ。いつ、どこで、どうやって手に入れたんだ?)

歩きながら白恋は考える。

それは確かに、ミリアから貰った人形の核。それを手にした際に彼はお礼まで述べている。だが、今の白恋にはその一連のやり取りが抜け落ちている。

(まぁ、どうせ〈奈落の流星ラヴクラフト〉の代償だろ。ってことは大したことじゃないな)


玄鉄 白恋の固有魔法。

奈落の流星ラヴクラフト〉の能力。

その力には、大きな代償が伴っていた。



***



魔法がこの世に生まれて400年。

世界で最初の魔法は、右手の人差し指が光る程度のものであった。

世界初の魔法士――アルフレッド・シルバー。今でもその名は〈原初の魔法士オリジン〉という2つ名と共に伝わる。

アルフレッドは26歳で結婚し、28歳のときに長女が産まれた。名はケイシー・シルバー。彼女は5秒先の未来が見えた。

その3年後、長男が産まれる。名はドゥラン・シルバー。長男には魔法が使えなかった。

更に2年後、次男が産まれる。名はシャルル・シルバー。彼は、触れたもの全てを原子単位で切り刻むことができた。

世界初の魔法士の息子。そして、世界初の犯罪魔法士。

切り裂き魔シャルル・ザ・リッパー〉のシャルル・シルバー。


彼が初めて手にかけたのは、彼が12の歳。母親を殺した。シャルルが母を殺す未来が見えたケイシーは、シャルルを止めようと父に訴えた。だが5秒で説得し父を連れシャルルを止めることなどできなかった。結果、シャルルは母を殺した。そのショックと怒りに、ドゥランの力が応えた。ドゥラン・シルバーは、14歳にして魔法に目覚める。

目覚めた魔法は火や水、風に雷、氷、土――現在で言うところの属性汎用魔法であった。

ドゥランが魔法に目覚めたと同時、世界中の人々に同様の力が目覚めた。それが汎用魔法。

故にドゥラン・シルバーは〈魔法士の父ザ・ウィザード〉の2つ名を得ている。

触れたものを切り刻むシャルルに、そもそも触れない風属性の魔法でドゥランは対抗。

激闘の末に、ドゥランはシャルルを倒すことができた。


世界初の魔法士。

その息子は世界初の犯罪者と、汎用魔法の祖。


「――というのが、現在の通説だ。これを御伽噺とするか、事実とするか。どう思う?」

観察者グレゴリオ〉中国支部。その地下深く。そこには今、2人の魔法士がいる。

1人は静寂島 長閑。

天位 漆聖との戦いに敗北し連れ去られた。

対するは〈観察者〉幹部にして中国支部のトップ。明 雨桐ミン ユートンである。

学園を襲撃した際の、ガレスが模倣したような凶悪さも凶暴さもない。光のない瞳で長閑を見つめ、静かに殺意という名の牙をその首へかけようとしていた。

「知らねぇよ」

長閑は殺意という名の刃を突きつけて答える。

「アタイを拘束もせず、魔装も取り上げず。どういうつもりだ?」

確かに彼女は――長閑は漆聖に敗北している。極を使った長閑に対抗するように漆聖も極を発動。極どうしのぶつかり合いの末に長閑は敗北し、意識を失った。その間にここへ連れて来られたのだが、何故か拘束されていないし魔装も取り上げられていない。

「どういうつもり――?おいおい。自分より弱い奴を縛りあげても意味ないだろ。自分より弱い奴から魔装を取り上げても意味ないだろ。ただでさえ弱いのに、もっと弱くしたら可哀想だ」

抑揚もなく淡々と明は答える。そこには挑発や煽り、扇動の意図はない。ただ本当に、心の底から〈長閑の方が弱い〉と思い込んでいるのだろう。そう思っていることが、長閑には分かる。

無意識に相手を見下していることが、長閑には直感で理解できた。

「弱いかどうか、確かめるか?」

「――私は〈影〉より強いんだぞ?〈影〉に負けたお前に何ができる」

「その言葉は、挑発だよな?」

「好きに受け取れ、

「そうやって強い言葉で自分を大きく見せようって魂胆だろ?そう考えてる時点でテメェは小さいんだよ」

「私が小さいのは背丈だけ。心は広いさ。これでも〈観察者〉の幹部だからな」

「胸もアタイより小せぇくせに、威張んな」

「でかけりゃ良いというモノでもないだろう。それに胸など、戦いに於いては邪魔だ。脂肪の塊じゃないか」

「ないからってそんなに僻むなよ。やっぱりお前は、心も小せぇみたいだな」

「あぁ。私は心が広いから、お前のその安い挑発も冗談だと受け流してあげよう。感謝しな」


互いに譲らぬ挑発。

トラッシュトークと言うには些か稚拙な言葉の応酬ではあるが、互いに殺意が高まるのを感じている。

「な〜んてね!驚いた?」

突如、殺意は消えて、明るい少女へと変貌する明。

否――

正真正銘、本物である。

見た目は確かに明なのだが、その声色は確かにアレクシア。口調も立ち居振る舞いも。全てアレクシアそのものである。

「は?な、何がどうなってんだ!?」

「本物の私は初めまして――かしら?私はアレクシア・レイルヴァイン。レイルヴァイン王国第一王女よ」


彼女の固有魔法で、ガレスの固有魔法を真似。それにより明に変装した彼女が今、目の前にいる。

「ヒヤヒヤさせんなや、アレクシア。あのまま戦闘に入ってたらどないすんねん」

建物内の影から姿を現すのは〈影〉こと天位 漆聖。

「実を言えば、雇い主は〈中国支部〉やない。アレクシアや」

王女ならば、たった一人の傭兵を雇うのにあれだけの大金を用意できるのも理解できる。

「安心して。私も〈影〉も、本当は貴女たちの味方よ。――さぁ、今の状況を教えて」

彼女は擬態を解除する。

そこに居たのは紛れもないアレクシア。

アレクシア。

赤と青の2色の髪。身につけたアクセサリーも全て赤と青で統一されている。それが違和感なく彼女にハマる。いかにもな王族らしい気迫はないが、他者を魅了し圧倒する気品は備わっている。


明――アレクシアのために、長閑と漆聖が説明をする。

「なるほど。それなら本物の明の相手は他の人達に任せましょう。私達は別の目的のために動くわよ」

アレクシアは、明に変装して潜入していた本当の目的を語り出す。

「この施設のどこかに4位のトラン・バオが収容されている。彼を助け出すのが1つ。2つ目は、〈ソウカ〉という人物が誰なのか特定すること」

――恐らくは、入学式の日に共に戦ってくれた彼女であろう。だが確信が、確証がない。故にそれも調べなければならないのだ。


「因みによ、何でアタイに魔法の始まりの話をしたんだ?」


「貴女の教養を確かめるためよ。ついでに聞き返すけど、さっきの私の話の中で間違ってるところが3つあったけど――分かるかしら?」


「アルフレッドの光る指は右手人差し指じゃなくて左手小指だ。ケイシーが見えるのは5秒先じゃなく、6秒先の未来。それから――〈間違いが3つ〉てのが間違い。違うのは、今アタイが言った2つだけだ」


「合格。貴女のこと気に入ったわ。名前は?」

アレクシアは名を尋ねる。

「静寂島新伝流師範代兼次期二十一代目当主。〈制裁刀フランツ・カフカ〉の静寂島 長閑だ」

彼女―アレクシアが自らの〈王女〉という肩書きを名乗った。ならばこちらも名乗るのが筋である。長閑はそう判断して、己の背中に負っている全てを口にする。そもそも静寂島の家も武を極める名家である。いくら乱暴な口調の長閑といえど、その程度の礼儀礼節は身に付いている。身につけていて尚、それを普段は無視しているだけなのだ。

彼女は一撃必殺の剣技を接続技へと昇華させた。

彼女は家の名にいくら泥を塗ろうとお構いなしだ。

けれど、心の底にはいつも〈静寂島〉の家名がまとわりついている。別にそれを嫌っているわけではない。が、誇りでもない。

家などただの飾り。自分を大きく見せたい時や、それこそ王女様相手に正しく自己紹介をするときなど、都合よく使えばそれで済む話。

家に縛られない奔放さが、そのまま剣へと現れているだけのこと。

「よろしく、長閑」

アレクシアの差し出した右手を。

「――あぁ、こちらこそ」

長閑はそっと握り返した。


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