第4話 『Neo Eden』

 仮想現実VRゲームシステムが実用化されて早十年。

 光陰矢のごとく過ぎさりし日々の中で、様々なコンテンツが無節操に生み出され、その多くがユーザー獲得競争に敗れサービスを終了させていった。


 欧米系デベロッパーが手がけた『Neo Eden』もまた、混沌としたVRゲーム黎明期に生まれた古株のタイトルである。


 巷では中世ヨーロッパ風のファンタジー作品が根強い人気を博す中で、“近未来SFオープンワールドRPG”を謳ったこのコンテンツは、地球から遠く離れた辺境の植民地惑星を舞台とするSFタイトルだった。

 プレイヤーは開拓団の一員として惑星に降り立ち、異形の原生生物や別組織の開拓団員達としのぎを削りながらこの地を冒険し、開拓していくのが大まかなストーリーである。


 “リアルチックなサイエンスフィクション”という、ある種の矛盾に取り憑かれた開発陣営の拘りにより、登場する武器は実在する銃火器をモチーフにし、実装された高度な物理エンジンによって、弾道に影響を与える風や重力までも忠実に表現されている。

 さらには、広大なマップを一瞬で行き来するファストトラベルや、質量保存の法則を無視して大量の物資を持ち運べるアイテムボックスといったMMORPGには必須の機能が実装されていない、レベルシステムを採用しているが、アバターの頭部や心臓などの『急所部位』に攻撃を受ければ、どれだけレベル差があろうとも、どれだけHPが残っていようとも一撃で『死亡』するという、リアルを追求した故の弊害でなかなかに人を選ぶ仕様なのである。

 欧米デベロッパー特有のパニック要素やゴア表現もふんだんに盛り込まれた万人受けするとは言い難い『Neo Eden』だったが、高難易度のゲームを欲する廃人や、銃器に強い憧れを持つガンマニアなどからは根強い人気があるコアなゲームとして知られている。


 狭間十三はざまじゅうぞう――『Neo Eden』内で最長のキルレンジを誇り、《死神》の異名を持つスナイパービルドプレイヤーのサーティーンもまた、銃弾が飛び交う殺伐とした世界に魅せられ、βテスト時代からログインを続ける廃ゲーマーだ。


 漆黒のミリタリーポンチョのフードを目深に被ったサーティーンは、『Neo Eden』内最大規模の都市――首都ウィランデの雑多な街中を足早に進んでいた。


「おいっ見ろよ。ヘルズバイパーが全滅だってよ」

「マジかよ。あのクソPK共も、これで当分は大人しくなるな」

「ちぇっ。誰だよ、俺の獲物を横取りしやがったのは」

「ばーか。お前じゃ返り討ちにされるのが関の山だって」

「んだとコラァッ」


 街頭に映し出されるホログラフィック映像のゲーム内インフォメーションに一喜一憂するプレイヤー達。


「首都ウィランデへようこそ」

「いらっしゃい。この店の品揃えは最高だよ」

「西区に行くには、そこの階段を上がってリニアレールに乗ればいいわ」

「よう、そこのアンタ。上手い儲け話があるんだ。ちょっと話を聞いていかないかい」


 店先の客引き、道案内、サブクエストの提示など、それぞれの役割ロールに合わせた定型文を繰り返し喋り続け、あるいは人混みを演出するために目的地もなく街を彷徨い続けるNPC達。


 諸々の人の間を縫うようにして進むサーティーンは、高層ビルが乱立するウィランデの街でも一際巨大なビルの前で足を止めた。


 総督府。そう呼ばれるその施設は、設定上は惑星植民地計画のトップ陣営が勤める行政施設兼惑星開拓の本部基地である。

 だが、ゲームシステム上の役割は、クエストの受注やスコードロンの登録手続きなどを行うプレイヤー共有ロビーだ。

 ネームドエネミーや、PK等の特定の行為により指名手配された犯罪者プレイヤーの懸賞金の受け渡しもここで行われる。


 PKスコードロンのヘルズバイパーを全滅させ、懸賞金を受け取る資格を手にしているサーティーンは、悠々とした足取りで総督府のガラス張りの自動ドアを潜った。


◎◉◎


 リアルの役所然とした総督府のロビーには、大勢のプレイヤーがたむろしていた。

 ある者はクエストの受注をし、ある者はスコードロンのメンバーの募集を呼びかけ、ある者は受付のNPCの前に立って何らかの手続きを行っている。


「おっそ〜い。遅れないでって言ったじゃん」


 人混みの中からお目当ての人物を探そうと、サーティーンが視線を彷徨わせていると、背後から声が上がる。


「わりぃわりぃ……って。ほんの二、三分だろうが。こんなん誤差だろ誤差」


 視界の端に表示されたデジタル表示の時計を確認しながら、サーティーンは振り返る。

 そこには腰に手を当て、「プンスカッ」とオノマトペを幻視しそうになるくらいに頬を膨らませた赤髪赤目の小柄な少女セブンが立っていた。


「女の子との待ち合わせに一秒でも遅刻したら、それはもう有罪ギルティーなの。重罪なの。そういう細かな気配りがモテと非モテをわけるんだよ?」

「へーへー。どうせ俺は非モテだわよ。ほれ。アホ言ってねぇで、さっさと懸賞金もらいに行くぞ」


 人差し指を立てて得意げに力説するセブンに肩を竦めて軽口を返すと、サーティーンは受付カウンターへと向かって歩き出す。


「あっ。待ってよ」


 慌ててサーティーンの後を追うセブンに、プレイヤー達の興味の目が向けられる。


「ヒョ〜ッ。あの赤い髪の子、けっこう可愛いじゃん」

「俺、ちょっとフレンド申請してこようかな」

「バカッ。知らねぇのか。アイツはあの《前線中毒》だぞ」

「ゲッ。マジかよ。ガチ勢の中でも有名人じゃん」

「可愛いのは見た目だけで、中身は戦闘狂のバーサーカーってもっぱらの噂だぜ」

「ギャップがエグいな。だが、それがいい」

「一緒にいるのは誰だ?」

「なんか仲良さげだけど、フレンドか?」

「くそ〜。セブンちゃんと親しげとか、なんてうらやま!」

「あの妙なライフルはなんだ?」


 好奇、畏怖、疑念に嫉妬。様々な視線が二人に向けられるが、その割合はセブンに対するものが圧倒的に多い。

 無遠慮な視線に晒され、セブンは鬱陶しそうに顔をしかめる。


「《前線中毒》はどこ行っても注目の的だな。羨ましい限りだぜ」


 ニヤニヤと笑みを浮かべながら心にも無いことを口にするサーティーンに、セブンは「イーッ」と歯をむいた。


「他人事だと思って。サーティーンだって《死神》なんて物騒なあだ名付けられてるのに、なんでいつもあたしばっか」

「そりゃ、お前は色んな意味で目立つし、俺のは一部界隈限定だからな」


 赤髪赤目という人目を引く特徴を持った美少女と言って差し支えないアバターに加えて、他とは隔絶した超高速の戦闘スタイルから、セブンは『Neo Eden』でも屈指の有名人だ。

 ミーハーな憧れを抱く者から、「セブンちゃんに撃ち殺されたい」と宣う紳士な連中までファン層は幅広い。


 一方、桁違いの長距離狙撃を真骨頂とするサーティーンは、同業者スナイパー達の間でこそ《死神》と半ば都市伝説のように語られているが、その知名度はプレイヤー全体から見ればさほど高くはない。

 なにせ毎回、肉眼では目視することも困難な超遠距離から一射一殺ワンショットワンキルを決めるのだ。

 狙われた側は、何が起こったのかもわからないまま気がつけば頭を撃ち抜かれているため、サーティーンの姿形どころかその存在すらほとんど知られていない。


 サーティーンがビジュアルにあまりこだわりがないため、アバターの素顔も初期設定の中から選んだ東洋人系のデフォルトモデルからほとんど手が入っておらず、これと言って特筆するような特徴があるわけでもない。

 印象的な髑髏のフェイスガードも戦闘時以外では外しているため、なおさらサーティーンが《死神》であると気づく余地もないのである。


「フンだ。余裕ぶっていられるのも今のうちなんだからね。そんな変態スナイパーライフル使い出しちゃったら、《死神》の悪名が知れ渡るのも時間の問題なんだからね」


 セブンは悔し紛れにそう言いながら、サーティーンの肩に吊るされた、グリップの前部には対人用弾、後部には対物用弾と弾種の異なるマガジンがそれぞれ装填され、上部銃口には大型のマズルブレーキが、下部銃口には高性能の消音装置サプレッサーが装着された上下二連の銃身が伸びる異形の狙撃銃を指差す。

 それは、ブルパップ式の対物用ボルトアクションライフルと消音仕様の対人用セミオートライフルが融合した、現実世界では存在しえない言うなれば多目的仕様狙撃銃マルチブルスナイパーライフル

 登場する武器は実在する銃火器、あるいはそれらを近未来風味にモダナイズしたデザインが多い『Neo Eden』においても、他に類を見ない完全オーダーメイドの代物。

 これまで主武装として使ってきたボルトアクションライフルに火力不足を感じていたサーティーンが、在らん限りの夢とロマンと最高ランクの素材アイテムを惜しみなく注ぎ込み、大枚を叩いて腕利きの銃職人ガンスミスに作成を依頼し、つい先日完成したばかりの逸品である。


 新ライフルの試し撃ち兼スッカラカンになった懐を暖めるために敢行したヘルズバイパーの討伐で、すでにその性能の高さは実証済みだ。

 対人用セミオートライフルによる連続精密消音狙撃と、SSR防具すら一撃で破壊して見せた高威力の対物用ライフルの同時運用は、凶悪かつ特異に過ぎた。


 この世界に二つとない武器を扱うプレイヤーが噂にならないはずがないと、セブンはそう断言する。


「せいぜい束の間の平穏を謳歌するがいいわ。ガハハ」

「勇者に倒された魔王かなんかか、お前は」


 ガハガハと大口を開けてバカ笑いするセブンに呆れの目を向けつつ、サーティーンは受付のNPCの前に立つ。


「ようこそ総督府へ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 テンプレートなセリフと共に視界に表示された幾つかの選択項目の中から、サーティーンは『賞金首』の項目をタップする。

 続けて表示されたいくつもの賞金首プレイヤーやスコードロンの手配画像の中からヘルズバイパーを選択し、懸賞金の受け取りに必要な手続きを進めていく。


「確認が取れました。賞金首討伐、おめでとうございます」


 お約束の美辞麗句と共に頭を下げるNPCを尻目に、サーティーンは視界に表示させたメニュー画面の所持金の項目を確認する。

 ライフルの代金の支払いで見るも悲惨な状態だったそこには、今はゼロがたくさん並んでいた。


「やれやれ。これでやっと爪に火をともす極貧生活ともおさらばだぜ」


 弾代まで節約しなければならなかった懐事情からの脱却にホッと安堵の息を吐くと、サーティーンはセブンに声をかける。


「おまっとさん。報奨金の受け取り完了だ。……ホイ。今、助っ人代を振り込んだから確認してくれ」


 サーティーンはメニュー画面を操作し、『Neo Eden』内の通貨である電子マネーを事前に交わした契約通りの額、セブンに送金した。


 ちなみにヘルズバイパー討伐時は高度に連携して見せたこの二人だが、実はスコードロンは組んでいない。

 今でこそ背中を任せられる関係だが、色々あって初めて会った時の印象はお互いに最悪だったのである。

 血の気の多いヘビーゲーマーの性で何度か派手に殺り合PvPって、その後なんやかんやあり下手な親戚よりも交流が深まった現在では、報酬次第で助っ人も引き受ける持ちつ持たれつの気の置けない、戦友ゲーフレ以上友達リアフレ未満の距離感に落ち着いている。


「毎度あり~。今後ともご贔屓に」

「さて、ログアウトにはちっと早いな。これからどうする? 俺は消費した分の弾とか回復アイテムの買い出しに行こうかと思うんだが」

「んー。ならさ、ついでにお酒とかも買ってパーっといかない? ヘルズバイパー討伐と新ライフル完成のお祝いでさ」


 セブンの提案に、サーティーンは新ライフル作成のために素材採取やら金策やらに駆けずり回っていたここ数週間の激務を思い返し、自分を労うのも悪くない、とそう思った。


「そうだな。懐も潤ったし、ちょいと高めの酒で祝杯といくか」

「決まり! それじゃレッツゴー」


 元気よく拳を突き上げ、セブンは先陣を切って歩き出す。

 サーティーンもそれに続き、二人は総督府を後にするのだった。

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