第3話 頭をつぶされた毒蛇
「
廃ビルの屋上に陣取った死神は、頭を撃ち抜かれてポリゴンの破片と化していくヘルズバイパーの狙撃手をデジタルスコープ越しに確認し、自画自賛のセリフを口にする。
『もうっ! 援護が遅いっての! もうちょっとで被弾するところだったじゃん』
死神の体内のナノマシンが、少女の不満に満ちた声を伝えてくる。
死神がスコープを覗くと、瓦礫の陰に隠れていたサブマシンガン使いを背後から蜂の巣にした少女が、こちらへ向けて不満げに腕を振り上げていた。
「わざわざ大混戦のど真ん中に飛び込んでおいて、文句言ってんじゃねえよ。風通し良くなるのが嫌なら、最初の予定通り鎧蟲なすりつけた後は遠くからチョイチョイちょっかい出して消耗させりゃ良かっただろうが」
『そんなのまどろっこしすぎるじゃん。手っ取り早くスッと近づいていってBANG! これに限るって』
「この
死神はスナイパーライフルのマガジンを交換しながら、見た目だけは可憐な少女の脳筋発言に呆れたように言うのだった。
◎◉◎
死神の通信に、少女は極めて心外と頬を膨らませる。
「なにさ。こんなか弱い乙女に対して、まるで戦闘狂みたいに」
『なにがか弱い乙女だ。《前線中毒》なんてあだ名つけられてるくせしてよ』
「ムキーッ! それは言うな! ホント誰よ、人にそんな可愛くないあだ名つけたやつは! 絶対見つけ出して、ワンマガジン分の弾をぶち込んでやるんだから!」
『ヘイヘイ。精々頑張ってくれ、っと。その前に、後ろの激おこ野郎に弾をぶち込んでやれよ』
死神の言葉に少女が振り返ると、ドラムマガジン式のアサルトショットガンを肩に担ぎ、強化装甲服を身に纏った頭目が、重厚な足音を立てて歩み寄ってきた。
「よう。やってくれたな。おかげで可愛い部下どもが半壊状態だぜ」
頭目は、感情を見せない平坦な声でそう言った。
だが、強化装甲服のフルフェイスヘルメットで表情は窺い知れずとも、全身から滲み出る怒気からしてご機嫌麗しくないのは一目瞭然である。
「どう落とし前つけてくれるんだよ? えぇっ?」
しかし、少女は頭目の凄みなどまるで意に介さず、可愛らしく舌を出して「あっかんべー」して見せる。
「タチの悪いPK繰り返しておいてなに言ってんの。因果応報って奴じゃん。そっちこそ、大人しくやられてあたし達のお財布の肥やしになりなさいっ!」
そう言うや否や、少女はアサルトライフルをマガジンが空になるまで撃ちまくった。
無数の弾丸が無防備に佇む頭目へと迫り、そのことごとくが分厚い装甲に阻まれ、火花を散らして弾かれる。
「げッ」
「この俺に、ンな豆鉄砲が効くかよ!」
頭目は勝ち誇りながら、目を丸くする少女へ向けてアサルトショットガンをフルオートで乱射した。
「うひぃ〜っ」
少女は慌てて、全速力でその場から退避する。
しかし、広範囲に飛び散る散弾の連射から逃れるのは、いかな神速を誇る少女と言えど不可能であった。
「あうちッ」
ボディアーマーの隙間に何発か被弾しながら、少女は近場の廃屋の中へと飛び込む。
『無事か?』
「イツツッ。なんとかね。生きてるよ」
死神の安否確認に応えながら、少女は窓からそっと外の様子を窺う。
「うひゃっ」
途端、そこへ目掛けて何発もの散弾が撃ち込まれ、少女は慌てて頭を引っ込める。
「オラオラどうした! さっきまでの威勢の良さはどこに行っちまったんだぁ!」
頭目は、まるで煽り立てるように少女の隠れる廃屋めがけてアサルトショットガンを撃ちまくる。
散弾の雨に晒され、廃屋のコンクリート壁が徐々に砕け散っていく。
「って、ちょいちょいちょいっ! ヘルプヘルプ!」
『はいよっ』
少女の要請に応えて死神が放った銃弾が、吸い込まれるような正確さで頭目の頭部に命中する。
「ぐあっ!」
弾かれたように頭を大きく揺らしてよろける頭目だったが、しかし死神の狙撃は
「……ぐぅっ! クソクソクソが! ウゼェんだよ! イモりやがって、ヘタレのクソスナが! 《前線中毒》を始末したら、その次はテメェの番だからな!」
それまではかろうじて怒りを抑えていた頭目も、とうとうキレたらしく地団駄を踏んで怒声を張り上げる。
「あらら。完全にプッツンしちゃってまー」
注射器型の回復アイテムでダメージを回復させながら、少女は呆れたように呟く。
『予想以上の防弾性能だな、あの強化装甲服。この距離だと対人用弾じゃ貫けねぇわ』
「確かSSRの防具なんだっけ?」
『ああ。おまけに情報通りなら、野郎は高VITのタフガイだって話だ。ちょっとやそっとの火力じゃ、仕留めるのは無理くさいな』
「じゃあどうすんのさ? 一旦引いて、仕切り直す?」
『いや。対物用弾の試し撃ちにゃ丁度いい。けど、対人と比べて慣らしが甘いからな。頭じゃ外すかもしれんから的のデカい胴体狙うわ。削りきれなかった時は止めよろ』
「りょ〜かい」
少女は軽く答えながら、空になったアサルトライフルのマガジンを交換し、ボルトリリースボタンを押す。
「カシャンッ」と小気味良い音を立ててボルトが前進したのを確認し、少女は死神に合図を出す。
「準備オッケー。いつでもいいよ」
『あいよ、っと!』
彼方の廃ビルの屋上でマズルフラッシュが光り、わずかに遅れて鈍い銃声が木霊する。
「ブギェッ!?」
次の瞬間、頭目が無様な声を上げて、まるで車に撥ねられたかのように吹き飛んだ。
圧倒的な防御力を誇ったレア装備の強化装甲服がバラバラに砕け散り、『破壊』判定を受けてその残骸がポリゴンの欠片と化していく。
鍛えに鍛え上げた高HPを七割以上損耗しつつも、それでも頭目は生き残る。
「ク、クソっ! 何が……っ」
ハンマーで殴られたような衝撃で起き上がる事もままならない中、頭目は近くに転がるアサルトショットガンへと手を伸ばそうとする。
「おっとっと〜」
しかし、それよりも早く廃屋から飛び出した少女が素早く駆け寄り、アサルトショットガンを遠くへ蹴り飛ばすと、頭目を踏みつけにする。
「ぐっ」
「最後に何か言い残すことはある?」
少女は頭目へ銃口を向けると、ニッコリと笑みを浮かべて尋ねる。
頭目は、弱々しく口の端を持ち上げながら少女へ向けて中指を立てた。
「……
一発の銃声と共に、頭目の眉間に風穴が空いた。
「ボスが殺られた!?」
「だ、駄目だ、逃げろ!」
「ま、待ってくれぇ!」
頭目が『死亡』したのを目撃したヘルズバイパー達は、たちどころに統制を欠いて蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。
しかし、その背中に生き残った鎧蟲達が容赦なく襲いかかり、辺りはたちまち阿鼻叫喚の地獄絵図と化していくのだった。
◎◉◎
「よし。作戦完了だ。引き上げるぞ」
死神はヘルズバイパー達の末路を見届けると、スナイパーライフルの
『アイアイサー。それじゃ予定通り総督府で合流ってことで。遅れないでよね、サーティーン』
「了解。お前こそ、帰り道で油断するんじゃねえぞ。帰るまでが遠足なんだからな、セブン」
サーティーンと呼ばれた死神は体内通信を切ると、スナイパーライフルを肩掛けし、腕に装着した
赤髪赤目の少女セブンも、グレネードポーチからスモークグレネードを二〜三個取り出してばら撒くと、噴き出す白煙に紛れて集落から素早く離脱していった。
後に響き渡るのは、数十匹の鎧蟲に襲われるヘルズバイパーの残党の断末魔のみ。それもやがて、徐々に途絶えていくのだった。
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