第6話 飲まないで

 一時間もしないうちに、五人のグループチャットに幸から連絡が入った。

「見た?幸と心晴もう終わったって。胡桃はまだみたいだけど、早めに行って損はないしもう行く?」

スマホを片手に麗香が聞いた。

「じゃあ行こうか」

私はまだ寝起きの身体を無理矢理起こして、タクシーでスタジオに向かった。


 「撮影してた割には早いねお二人さん。胡桃なんて、まだ連絡も来てないけど」

控室のドアを開けると、もうそこにはメイクの施されている幸と心晴が居た。

「まぁそんな時間に余裕あるわけじゃないし、胡桃が遅いんだよ」

そう言って笑う幸。


 私と麗香が衣装に着替えていると、爆音と共に小さな少女がドアを開けた。

「ごめん......グループチャット全然見てなかった......」

と息も絶え絶えに言う胡桃。


 「一応遅れてはない。大丈夫大丈夫」

「ギリギリね」と笑いながら心晴の言葉に付け足す幸。

「ごめーん......」

胡桃はそう言いながら着替え始めた。


 笑いながらスタイリストさん含め皆で一緒に話すメンバー達を見て、ふとこれはとても幸せなことなんじゃないかと思う。

オーディションから勝手に選ばれた数人が絶対に仲良くなれるとは言い切れない。

私だって何度も『私達仲がいいんです』と絶妙な空気感で語るアイドル達を沢山見てきた。


 だからこそ、こんなに五人で仲良く出来ることは奇跡だと思う。


 オーディションでは必然的に脱落者が生まれる。

その中には勿論私と仲が良かった練習生も居て、彼女の脱落を自分事のように捉えるくらい、辛いときもあった。

けれどどうしても気が合わない人が居るのも当たり前で、その人と一緒にデビューする可能性があったのも当たり前だ。


 だからこそ、この五人でデビューできて、ファンが安定してつくことはオーディションとして成功以外の何でもなかった。


 ありがとう、と誰に向けるわけでもない感謝を心の中で唱える。


 「じゃあ今日も頑張ろうね」

全員のメイクが終わってから、リーダーらしくそう声を掛けた幸。

私達は頷き合ってから控室を出た。


*


 音楽番組に出た日は、メンバー全員でその番組の見逃し配信を見るのがルーティーンとなっていた。

今日も私達は帰宅してからすぐリビングに集まりテレビを付ける。


 「さっき見たけどやっぱり麗香ちゃんの衣装、ネットでちょっとだけ燃えてるね」

幸がリモコンを操作する横で、胡桃は言った。

え、と思わず声を漏らす。

胡桃はずっと衣装なんて気にしていなさそうだったのに。


 「えー、嘘。それにちょっとでしょ?大絶賛されたり大炎上したりとか、そういうんじゃないなら良いよ」

当の本人は興味なさげにそう言った。

それより早く見ようよ、とでも言いたげな麗香を無視してスマホを開く。


 「佳世乃、見るよ」

幸の言葉に私は適当に頷いた。


 『今回全体的には凄い良かったけど麗香ちゃんの衣装がちょっと気になる』

『まだ二十歳の子にこの衣装は......』

『今日の衣装めっちゃれいかの良さが出てて感動!!』

『目のやり場に困るし、どういう路線で行きたいのか分からない』

食らいつくように世間の評価を読んでいると、麗香は私の両頬を摘んで不満そうに言った。


 「ここに本体居るし、評価とかどうでも良いじゃん。もう終わったことなのに」

「ごめんごめん、胡桃が言っちゃったから。でもそんなに気にすることじゃないと思うよ、かよちゃん。」

胡桃も加勢する。


 「あたしもちょっとは思ったけどね、そんな気にしてんの佳世乃だけだよ。今度から一緒に見てやればいいじゃん、ね」

「佳世乃はなんだかんだ言って過保護なんだから」

四人の圧に負けてスマホの電源を落とすと、麗香は口角を緩めて私に抱きついた。


 「何」

「......何かなきゃ駄目?」

上目遣いで私を見つめる麗香。

「はい麗香甘えない。見るよー」


 確かに麗香の衣装は好きではないけれど、全体的に見れば統一感があって良いのかもしれない。今日の映像を見ながらそう思った。


 聞き慣れた音程に思わず身体が動きそうになる。

そんな私を笑って一人で踊りはじめる心晴。

「ちょっと心晴ちゃん落ち着きなさすぎ」

胡桃も楽しそうに笑う。


 「胡桃の髪めっちゃ似合ってるね」

画面を見つめながら彼女の髪を撫でる幸。

胡桃は「ありがとう」と言って小さな子どものように笑顔を広げた。


 客観的に見ても、私達のダンスや歌は初パフォーマンスに比べてかなり上達したと思う。ファンの目にも慣れたし、緊張もあまりしなくなったため落ち着いて踊れている。声も裏返ることはほぼ無くなかった。


 曲が終わると、初ステージを皆で見た時のように心晴が拍手をした。

私とメンバーも釣られて拍手をする。


 居心地が良くて、馬鹿になってしまいそうなくらい幸せだった。


 「あー、ビール飲みたい。胡桃、早く成人してね」

「成人はしてるよ」と心晴の言葉に笑う胡桃。

一人でも飲めない人がいればビールを飲まないこと、それが前提であることに心が温かくなる。


 「それにお酒はちょっと......麗香がね」

「え、私?」

きょとんとしている麗香を見て苦笑する。

「何、麗香って酔うと人格変わるタイプ?」

興味津々にそう聞く幸。


 「あんまり酔わないけど、自分は酔わないって思い込みすぎて沢山飲んで、結局酔っちゃって。毎回ひどい有り様だよ」

それを聞いて幸と心晴が楽しそうに笑った。

 「なんか想像出来るかも。ずっといじけてそう」

「佳世乃のこと離さないだろうね」

「佳世乃がキスマだらけになって、周りの人に勘違いされるまでが一連の流れだよ」

「うわぁー、地味に解像度高い」


「あたしのイメージどうなってんの」

と麗香がつまらなそうに言う。


 「そんなに人って酔ったら変になるものなの?」

純粋な胡桃の質問に、心晴は唸りながら「まぁ人による......けど、酔ったら凄そうだな、とか分かりやすい人もいる」と言った。

へぇ、と感心したように声を漏らす胡桃。


 もし胡桃もお酒を飲めるようになって、メンバーの皆で居酒屋に行けたらどんなに楽しいだろう。高級なワインを飲みに行っても良い。

そんな幸せなことを考えていた。


 それから何が起きるかも、知らずに。

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