記憶喪失1日目-3

私は今、痛いほどの沈黙。こんなかっこつけた表現誰が使うんだよ(笑)なんて馬鹿にしていた昔の自分のことを思い出していた。


ああ、絶対に普通に生きていたらこんなことも思い出せなかっただろうな。

痛いほどの沈黙。羊たちの沈黙。……馬鹿か?


そんな馬鹿なことを考えている理由は一つ。今は相手の出方を待っている状態だからだ。体感ではもう1時間程経過しているが現実で過ぎている時間は精々3分ほどだろう。


「それで」


美青年は唐突に口を開いた。


「どこまでなら覚えてるんだ?」


「え、信じてくれるの?」


「嘘なのか?」


「嘘ではないけど…自分で言うのもなんだけど。突然、不自然でしょ。どこまでという質問の答えとしては何一つ覚えていないし、ここがどこなのかも分かってない。」


「本当に自分で言うのもなんだな。まあ、明らかに様子がおかしいのもあるが、言葉遣いがそもそも違う。お前を信じるというよりは俺は俺が見たものを信じる。」


まさか信じてくれるとは。半々くらいの賭けでもあったが、明らかに憎悪の対象として見ていたにあの様子よりかは幾分か緩和されたように見える。


「…お前の名前はシャルル。シャルル・カスティール」


「はぁ?なんて?」

急なカタカナに卒倒しそうになる。英語の成績は2だったんだ。舐めるなよ小僧。

青年はイラついた様子を見せながらゆっくりと大きな声で(若干怒気にも近かったような…)もう一度名前を呼んだ。


「シャルル・カスティール!」


「シャルル…カスティール……?シャルル…。なるほど?あなたの名前は?」


「俺はニコル・ゴードンだ。本当に何も覚えてないんだな」


「ニコルね。う~ん。どうしよう、何から聞けばいいんだろう?これは今どこに向かってるの?」


何から聞けばいいのかわからない。ひとまず、目先の私を知っている第三者と会う可能性とリスクがあるのかどうかを知っておく必要がある。

そしてもし人前に出ることになった場合は必ずニコルの協力が必要不可欠になるだろう。


「お前の懇意にしている伯爵家のロレーヌ嬢主催のパーティーがあるからエスコートしろという話だった。そこに向かっている。あと四半刻ほどで着く予定だ。」


「ロレーヌ…?また登場人物増えたな。あ、ニコルの想い人は来るの?その人の名前は?」


「…何を企んでいる?」


急に攻撃対象を見るかのような視線に変わり睨みつけてくる。おお怖い怖い。


「いや、何もする気はないよ。たださ、今日はニコルの助太刀がないとキツいのよ。いやマジで。だから、もし想い人が来るんだったら、事情を説明して、3人でいるのは難しいのかな?と思って。」


「…ソフィーは優しい。お前みたいな奴の気持ちも理解できるといつも寄り添っていた。だから事情を説明したら分かってくれる。お前、本当に何もするなよ。」


おいおい、記憶ない奴が何ができるっていうんだよ。というかソフィー、ニコル、ロレーヌ、シャルル、誰一人ピンとこない。大体名前聞いたら「えぇ!?桜椿の薔薇の薔薇椿百合子じゃない!」みたいに合点がいくもんじゃないのか…?落胆である。


「ところで、ニコルが私を嫌うのは事情的に理解できる。それ以外の私の周りからの評価ってどんな感じ?なるべく主観を入れずに客観的に教えてくれると助かるんだけど。」


「そうだな…お前の周りからの印象は…」

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