子爵令嬢護衛任務

第11話 往路は和やかに

姉君様より旅程の詳細を伝えられる。

なるほど、ルナマリア様に会いに行きたいのか。

ルナマリア・ストラトフ様。ストラトフ伯爵家の三女。

お三方の数少ないご友人。少し変わったご友人。

最近お会いしてなかったな。是非はない。

「では、その予定で取り掛かります」

まずはディナー。三日月鳥をソテーしてメインに。

夕食が終わればお三方はお風呂へ。

その間に洗い物を片付け、明日からの任務の準備。

お三方が湯から上がれば、声が掛かる。

風呂場から出てこられた順にネグリジェを着付ける。

ネグリジェにも好みがあるお三方。

姉君様は肩が露出したワンピースタイプ。

妹様はフリルの付いたドレスタイプ。

親友様はボタンが無く、スポッと頭からかぶるタイプ。

「愚弟、この後少し出るから下着だけでいいわぁ」

下着を着せた後、姉君様は自分でラフな服装になり外に出て行った。

さて、明日は朝日が出るころに出発の予定。

朝食用にサンドイッチを4人分。

妹様と親友様は、僕らが出た後に起きて食べるだろう。

あとの数日はエノルタ雑貨店に任せよう。

「おやすみなさい」

自室のベッドの上で親愛なる家族へ向け挨拶をし、眠りに入った。


2頭の馬で街道を進む。

僕はバックパック。腰にショートソード。いつも通りの装いと装備。

違いはループタイのブローチを金色の『レオパルドン紋章』に変えている。

姉君様もいつもの黒革ファッション。

だが、胸元に同じく『レオパルドン紋章』が光る。

ネックレスにして付けていると、ロックファッション度が上がる。

素敵です姉君様。

あとは大剣を背に背負い、ウエストポーチを装備。

ポーチの中身は応急処置セットと保存食。

任務中に何があるかわからない。離れるつもりはないが念のため、付けてもらった。

『レオパルドン紋章』とは、他国に赴く際に必ず着用する。

レオパルドン傭兵国家所属を証明する大事なものだ。

それと、服の下に隠しているがギルドプレートがある。身分証である。

馬はギルド運営の馬借屋で借り受けた。

返却先はメルギド市にあるギルド出張所で申請した。

名前はオルフェとウィンバリー。

前世で好きだった馬の名前と似てて、ニマニマしてしまった。

馬借屋のお兄さん、怪訝そうにしてたなぁ。

今世の交通事情では馬で移動するのが主流だ。

車はもちろん、汽車も存在しない。移動と言えば馬なのだ。

僕は前世から馬が好きだった。テレビで見ることしかできなかったけど。

前世で読んだ本に『遊牧民族は馬と共に生きる』と記してあった。

その一文を読んで想像した。

地平線の見える草原で、馬のご機嫌を取りながら世話をする。

そしてその相棒と言える馬に、のんびり騎乗している自分を。

だから、ウィンバリーに乗っている今がとても楽しい。

夢が叶っている最中だ。もう何度も馬には乗ったけど、何度乗っても嬉しい。

2日の付き合いだけど、時間が許す限りお世話しよう。

特に大剣を担いだ姉君様を乗せるオルフェ。重たいだろうに、そんな素振りも

見せず悠々としている。後で労わってあげよう。

そんなことを思っていると、姉君様から声が掛かる。

「愚弟、メルギド子爵領の特産はなぁに?」

「林檎と聞いています。アップルパイが絶品だそうですよ」

「ふぅん、誰から聞いたのぉ?」

「ギルドのエミリー嬢からです。彼女の情報です。間違いないかと」

「ふぅん、楽しみねぇ」

(またあの女か…迷うわ。国の人間は危険だから引き入れたくない。でももし…)

答えつつ思案顔になった姉君様。甘い物がお好きですものね。

どれほどのものか想像しているのだろう。

「そう言えば姉君様。この前…」「ふふっ。愚かねぇ愚弟は…」

雑談しては沈黙を繰り返す。のんびりした旅路。ああ、とても心地いい。

帰りは家族で帰るので、馬車を借りる予定。

4人になるとまた違った空気になるが、その雰囲気も好きだ。楽しみ。


パカラパカラと馬乗りを楽しんでいると、遠目に関所が見えてきた。

あの大きな関所を超えると、隣国アルトルト王国・サルトス侯爵領だ。

サルトス侯爵領は縦長の領地に、多方向の街道を整備している。

それはなぜか?そういった知識に詳しい親友様曰く。

僕達が住んでいるドルボス市は、レオパルドン傭兵国の玄関口の1つ。

そしてサルトス侯爵領もアルトルト王国への玄関口の1つ。

そこで、随所に街道を整備することで商人が行き交う。

お金も同じく行き交っている。

交通の要として栄えているそうだ。

また、自領に商業特区を作るなど、商業に力を入れているとのこと。

他国任務に行く際はどの方面に行くにも街道が通っているので、助かっている。

ちなみにサルトス侯爵家は、我が国家との交渉役の任を受けている。

アルトルト王国として重要な役目とのこと。

我が国家側のに関所並び、ギルドの検問役がいる窓口へ。

顔見知りの職員が「やあ同胞、任務か?旅行か?」と笑顔で問いかけてくる。

「おはようございます同胞。任務です。これ、概要書です」

ギルドで発行された書類を渡す。

「あいよ。『エマグリーンファミリー』の2人。確かに。この木札をサルトス領側の窓口に出してくれ。任務に幸あれ、同胞」

「ありがとうございます。同胞」

貰った木札をサルトス領側の窓口に出し、関所を抜けた。

サルトス侯爵領を抜け、トトロフ男爵領端の宿場町に到着したのは、日が沈んだ頃。

この宿場町は初めて来た。ギルドに勧められた宿の隣に、馬借屋があったので馬を預ける。

餌込みで金貨1枚。いっぱい食べるんだよ。

宿屋に入り、受付に声を掛ける。

受付は寡黙そうなおじさん。店主だろう。

「いらっしゃい。2人か。2部屋にするか?ツインもあるがどっちがいい?」

「2へy「ツインにするわぁ」」

姉君様がそう仰りツインの1部屋に。

「ツインな。2人合わせて素泊まり銀貨8枚。朝食付きなら金貨1枚だ。今なら夕食も出せる。追加で銀貨1枚だ。」

「朝食付きで。夕食もお願いします」

台帳に記帳し、金貨1枚銀貨1枚を払った。

「あいよ確かに。部屋に持っていく。これが鍵な。2階の奥だ」

「どうも。それと桶を借りていいですか?」

「夕食と一緒に持っていく。ごゆっくり」

部屋に入ると机と丸椅子、ベッドが二つ。簡素な部屋だ。

夕食が来るまでに、姉君様の大剣を預かったり、ポーチを外したりと

旅装を解く。

自分の旅装も解いたところで夕食が届いた。パンとシチュー。味は普通。

姉君様は不満顔だった。

食事も終わり一息ついたところで

「愚弟、着替えさせなさぁい」

姉君様から声が掛かる。

桶に熱めのお湯を張る。魔術って便利。

いつも通り全て脱がせ、丁寧に拭い、ネグリジェを着付ける。

次いで、自分も服を脱ぎ、体を拭き、寝巻に着替えた。

極力、姉君様の目に入らぬよう部屋の隅で。

桶の水を新しくし、下着の洗濯をする。今回持ってきた下着は3着分。

任務が始まれば洗濯などできない。

今のうちに洗えるものは洗っておくのだ。

洗った下着に魔術で温風を当て、乾燥させる。魔術って便利。

乾燥が終わり畳んでバックパックの上に置いたところで、

「愚弟、そこの椅子に腰かけなさぁい」と姉君様。

言われた通りに椅子に座ると、姉君様は覆いかぶさるように僕の上に座る。

腕を背に回し、僕の肩に顎を置きながら耳元で囁く。

「愚弟、私を褒めなさぁい。頭を撫でながらぁ」

姉君様は両親が亡くなってから、僕たち家族を引っ張ってくれた。

姉君様も幼かったのに。

家族の身の振り方を決断してきたのは姉君様だ。

僕は身の回りの世話はすれど、決断に口を挟むことはなかった。

決断が間違いにならないよう立ち回っただけだ。

家族を背負う決断の重圧はどれほどか。

愚かな僕には想像しかできない。想像以上の苦痛だろう。

それを吐き出せる相手はいなかった。褒めてくれる人はいなかった。

だから、いつからか僕がその役目を担うことになった。

2人きりになった時に。

姉君様にとって一番最適だったのだろう。愚弟。愚かな家族たる僕が。

姉君様の無聊を慰めることが出来るのならば。心を込めて、思ったことを。

「姉君様、いつもありがとうございます」

「姉君様がいるから、今の家族があります」

「姉君様はいつも家族の事を考えてくれています」

「姉君様がされる決断に間違いありません。今までもこれからも」

「姉君様が…」

思い思いに言葉を重ねていると姉君様は眠っていた。

ベッドに運び、最後に頭をもう一撫で。

「姉君様、いつもありがとうございます」

最初の言葉をもう一度呟き、自分のベッドに入る。

このくらいの事しかできない愚かなる僕自身に、少しの苛立ちを感じながら。

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