『』の物語 4
「なにをしている! 呼吸ができない、手ぬぐいを」
無理やり奪うと、血の混じったものを吐き出す。続けて数回咳き込むその背中を
「
別の部屋からこの場所まで届く怒声は、先ほど
彼女はすぐさま奪われた手ぬぐいを取り戻そうともがいたので、渡す。口元に
知らなかった。こんなに酷い病状だったなんて。
呆然としながら、腕の中に閉じ込める。少しでも、隠そうとするその咳の音を、遮断する手助けができればと、そっと、そっと、手に力をこめる。
こんなにちいさくて、本当に嫌になる。すぐ死んでしまうし、そう、どうせ死んでしまう結果は変わらないのに、なにを……しているのだ、自分は。
人間が助けを
簡単に手の中で
「……なぎさ、さん」
どうにもできない。ただ、抱きしめることしかできない。どれだけ長い命をもっていても、強い力をもっていても、結果だけは変えることはできない。
やっと少し楽になってきたのか、荒い呼吸をしながら、手ぬぐいを
そうだ。春の名前。
目を見開く。手が震えた。
「どうせ、次の春まではもたない、から」
来るべきではなかった。自分がひとではないと彼女は知っている。やはりここで命の
ちがう。ちがう!
こんなに苦しんでいるのに、ひとではないモノの力を彼女は借りたいなど、思っていない。
「甘いから」
それだけ言うのが精一杯だった。彼女の口へと運ぶ。これくらいの大きさなら、飲み込むのにそれほど力はいらないだろう。
こくりと
「ほんとう。あまいわね」
「………………」
いま、自分は。
視線を彼女の胸元に向ける。目を
ま、待って……待ってくれ。そんな、つもりでは。
血が流れ続けている自身のことを、忘れていた。どうせ消え失せるからと
様々な生き物に魂を使いまわす、ひとの世界。だというのに、人間『だけ』に転生させるなど、魂に負荷がかかりすぎる。それなのに、消し去らないと、終わらないのに。
どうしよう。
ただ、元気を、いつものように、すこしだけ、そんな。
だめだ。
それだけは、だめだ。
なぜだめなのか、わからない。くるしい。
不思議そうに見上げてくる彼女の
彼女は次の春までもたないだろう。運命を変えることはできない。それはわかっていた。だから。
そこまではこの世界の人間の滅亡を、待ってやろう、と思っていたのに。
死んだ先まで、縛り付けてしまった。広大な魔族の管理下の、人間がまだ生き残っている『世界』のどこかへ、彼女の魂は永遠に移動させられる。
人間ごときの、瞬きの人生を、こうして自分の魂で補強すれば。
唇を離すと、彼女が
「そんな……色をしていたのね、きれいな
なにを
いずれ
「どうしてそんなに苦しそうなの……?」
「くるしい? ……よく、わからないな」
温度のない自分の声に、腕の中の人間が戸惑っている。
『
「……なぎささん。
「どうして……?」
「どうせキミは死ぬ。それが『いま』になるだけの話だ。ボクに
了承の返事を待たず、口づけを落とす。魂に刻まれた、今の彼女の残りの時間がこちらに移動する。彼女の
涙が一筋流れ落ちていることに、自分は気づかなかった。動かなくなったそれを、一度だけ強く抱きしめて、離した。ごとん、と倒れる。
「これで家族から
突き放すように言い、立ち上がる。力が格段に落ちているが、これで少しだけもちそうだ。
時間を
「これを愛とは呼ばないな」
その
そして、『見つけた』。
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