『』の物語 2
歩き出した彼女に付き添う。この通りはこの時間帯だけひと
大きな通りに出れば人の数は必然的に多くなり、多少は安心できた。
自分が本当にこの見た目通りのひ弱な男だったら、逆にあの男たちに突き飛ばされ、彼女を守ることすらできなかっただろう。それどころか、こちらが
「なぎささん、どうしてボクが人間ではないと思ったんだ?」
「ハヤテさんてば、気づいておられないのね」
文明開化の華やかさが少しずつ国に広がっているその時代。良いことも悪いことも、外から入ってくる。とはいえ、この国には元々良いことも悪いことも
「新しい洋菓子のことを違う発音で話すことが時々あったのよ」
「う」
それは本気で凡ミスというやつだ。
「最初は言い間違いか、それとも詳しいのかと思ったのだけれど、甘いものはお好きではないと言っていたし」
「そ、それだけで……?」
「あまり他の方と話している姿を見ないからわからないけれど、時々不可思議な言葉も使うことも多いですし、なんだかとても、奇妙だなと思っただけです」
「き、きみょう」
「
「さすがに
「あやかしかなとも思ったけれど、それも違うのでしょう?」
「
「ハヤテさんの正体がなんであれ、かまわないの。あなたは私になにかを求めないから」
「私が出来損ないなのがいけないのよ。美人でもないし、
「貴族……華族? だったか? そんなものでもないのに……好いた男と結婚することもいけないのか?」
「ふふ。ハヤテさんってやはり良くわかっていないのね。そんなこと、本当に
どこか遠くを見るような瞳になる。
「夫婦となれば幸せになれると勝手に思い込んでいたの。違うのね……。幸せって、簡単なものではないのね」
諦めたような声に、思わず
「
「金平糖。いつも用意しているのは、
「元気がなさそうだったから。金平糖は好きだろう? あと、アイスも。ホットケーキも。シュークリームも」
「ふふふ」
「っ、ま、間違っていたか?」
金平糖を一粒、彼女の
「しうくりぃむのことを、そう言うの、ハヤテさんだけなのよ」
「え」
「看板とかめにぅとかを見ているのに、そのまま読まないんだもの。気づいていなかったのね」
他の人間との最低限の会話だけの生活では、気づかないはずだ。彼女もたいして反応をしていなかったので、気づかなかった。
落ち込むこちらを見ずに金平糖の甘さに機嫌が良くなったらしい彼女を、ちらと盗み見た。詐欺師は自分には無理だと感じた。
大通りで別れ、そこで思い出す。途端に全身が羞恥に染まった。
思わず顔を両手で隠して足早に来た道を戻っている最中、足がびた、と止まった。
顔をあげて、慌ててその場から姿を消した。
一瞬でこの星の天高い場所まで移動する。そこに、冷たい瞳で見下ろす
いっそ、敵であれば。
まだ……良かった。よりによって、同族がここに来るとは。
感情のまったくない瞳。それがこの空域の強風の中で、こちらを射抜く。
「おまえは、ここでなにをしているんだ?」
「…………」
「我々の使命を忘れたのか。我々がやるべきことを、忘れたのか」
「忘れてない」
忘れられればどれだけいいか。
晴れやかな蒼天の中で、異常さが
彼は兄ではない。ただ、何代目かの、その『名前』を継承した存在。
「人間にうつつでも抜かしているのか。おまえは魔族の真似事をして、なにがしたいのだ」
人間を排除しない存在。人間を愛することもできる存在。厳密に言えば、それは我々でも可能である。だが、魔族のほうが、彼らのほうがより人間離れしているのに、人間の隣人として
淡い灰色を基調とした白に近い衣服がなびいている。いつもなら同じような色を
「まさか、本当にそんなことをしているのか? 魔族たちのように、人間の隣人のふりをしていると?」
「ひとの寿命は一瞬だ。ただ少し観察していた、」
だけと言おうとして、やめる。目の前の細身の男の視線が地上へ向かった。その片腕を反射的に吹き飛ばす。鮮血が青い空を背後にして舞った。
「よせっ!」
「使命を
「欲しくてこんな『名』をもらったんじゃない! 指名されたからだろうが、おまえだって!」
だから内包する力は、それほど優劣がつかない。『名』は『称号』。人々の中で生まれた名を持つものたちの真実の姿を知るのは、相対する存在のみ。
悪魔として広く知られる魔族たちも同様だが、それでも。滅多に人間に干渉はしない。干渉する時は、彼らを我々から『助ける』時だけ。
「魔族と接触でもしたのか……? 随分と、毒されている。我々は人間を愛することはできない。ただの錯覚だ!」
そう怒鳴られても、否定ができなかった。だが、こいつはここで消すべき……だろうか。仮にも、『名』を受け継いだのだ。自動的に『次』が用意されるとは限らない。不審がられて、もっと上の連中が来るかもしれない。
そうなれば。
薄茶の瞳の色が、本来の薄紫色に染まる。漆黒の
「ツクヨ」
「消えろ」
ろ、の部分ではすでに目の前の存在を力をぶつけて消し飛ばした。血すら、散らさず。残骸を
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