綴り人の物語 5

「でもときはやっぱり母さんに似ちゃったからなぁ……。あいつ可愛いからモテるし、甘やかされてるから図々しいし。自分が間違ってるってちょっと思っても、結局最後は自分は正しい、やっぱりねって考えなんだろうし。正しいか正しくないとか、そんなの誰にもわからないのにさ」

 そんなに割り切れる世の中なら、争いは起きない。

 誰もがそれぞれの考えを持っているから、そこから自身の経験に従って、教えや環境にならい、正しさらしきものを出す。固定されていない正しさなど、ただの自己満足だ。

「べつに母さんや父さんのこと、憎んでないからね。二人が言う、正しい人間ってやつに当てはめると、二人とも該当しないだけだから。それを指摘しても、もう直らないし、直すこともできないでしょ。自分が悪いなんて考え、出てこないんだからさ」

「……じゃあ昔、姉ちゃんが父さんにキレたのって……まさか」

「あー……父さんが姉ちゃんにお茶のおかわり持ってこさせようとしたやつ?」

「ウン」

「いやー、あれは甘え過ぎでしょ。おっきい子供じゃん。立ってるものは親でも使えってことわざあるんだから、なにを亭主関白気取ってんだよって感じだったしね。子供は道具じゃないんだから、自分で行けばいいんだよ。そもそもお茶が飲みたいのは自分なんだから、自分で行くべきだよ。入れる量が気に入らないと怒るんだから、自分でやったほうが間違いないのに、そんな簡単なこともわからないなんて、退化たいかしてんのかなーと思って、びっくりしたよ」

「え。そ、そんなこと思ってたの?」

「そりゃ思うでしょ。家族呼ぶとき、やたら偉そうだし。体面保ちたいんだろうけど、姉ちゃんと言い合いして勝てないからね、父さん。

 そもそも、おい、とか、ん、とかで察しろ空気出したところで通じるわけないじゃん。律儀に応答してる母さんも、教育によくないよね。それがテンプレートになっちゃうじゃん。だから日本語喋ろって言ったんだよ。日本語は正しく使えっての。仮にもなんだから」

「…………だから父さん、飯食ってる時、姉ちゃんを無視するのか……」

「自分は間違ってないって言いたいんでしょ。大人として、良くないよね。間違ってるとか間違ってないとかの問題じゃなくて、子供は親を見て育つのに、育ててる意識がないのが丸わかりだからさ」

「まあ、でも、中には親みたいになりたくなっていうか……」

「反面教師? でもねぇ、人格形成する幼少期の子供が一番参考にするのは親だからね。親のこと観察して真似るでしょ。子供は親から、人間らしさを盗むんだよ。だからそうなりたくないって考えてても、どうしても似ちゃうんだよ。り込み完了してるのに、上書きするのはかなり大変だからね。よほど強い意識を持ってないと、楽なほうに意識が持っていかれちゃから、ついつい親みたいなことしちゃうっていう人がいるんでしょ」

「で、でも姉ちゃん、似てない……なんで?」

「家の中で浮いてるって言っていいんだよ。そりゃ、この家の中でも姉ちゃんは同調意識にまったく引っ張られてないからね」

「そう? でも母さんの言ってることとか、愚痴とかにうなずいてない?」

「だってそうしないと話が終わらないんだもん。欲しい言葉をあげてるだけだよ。否定するとキレるし。わかりやすいんだよね。怒ってると、わざと音を大きくたてるでしょ。お皿をテーブルに、どん! って置いたり、足音を大きくしたり。よくないよね、ほんと。口で勝てないから態度でアピールって、タチが悪いよ。子供をおどしてるってことに気づかないとか、終わってるでしょ」

「た、確かに」

「父さんも姉ちゃんに口喧嘩で勝てないと、むすっとして黙るでしょ? 怒ってますアピールするの、どうかと思うよ。だからなんだよって話だし。露骨に態度に出すのはいいんだけどさ、気に入らないから態度で示すっていうのはただの圧力だからね。力関係が上の相手には絶対そんなこと、できないでしょ? 姉ちゃんはあの二人にとって、力関係が下だから、ああいう態度を平気でやるんだよ。ふつうなら、それを子供は真似る。学校とか、コミュニティの中で上下関係、力関係をはっきりさせて、下とみなした相手ならんだって、子供に学習させてるわけだから」

 恥ずかしいって思わないの、問題だよ。

 声に抑揚よくようがなく、淡々と語る彼女の姿に弟は面食らっていた。なにせ、今まで両親の大人げない姿もそのまま受け入れていたように見えていた姉が、幼少の頃からすでに親の姿にジャッジを下していたわけだ。

 言動が親に対してのものではない。子供が仕方ないと許容してしまう部分を、細かく観察し、客観的な視点で悪影響だと断言している。

「そういえば姉ちゃんって、そういうことしないね」

「察しろって態度? なんでそんなことする必要があるの。言葉があるんだから、そっち使ったほうが早いでしょ。なんのために言葉があるんだよ?」

 それに。

「暴力はよくない。言葉も刃物になることはあるけど、態度で機嫌を損なっていることを意思表示するのは、いじめと同じだ。いじめを加虐や暴行、って言葉に直さないのと同じだ。相手に察しろって言うやつは、大抵他人から同じことをされても察することができない。横着おうちゃくをしてるだけってことに気づいてないから、できる。

 相手に自分のご機嫌うかがいをしろっていう態度は、暴力でしょ」

「そ、そう、だね。そう言われれば、うん」

「無理に納得しなくていいから。これは姉ちゃんの判断基準での話だから。

 親が自分そっくりの子供を作りたいっていうなら、そういう態度はいいんだよ。でも、まあ、大抵の人間は同族嫌悪っていう言葉があるように、自身に似ていればいるほど、あらが見えて不快になる。でもなぜ不快になるのか、客観的に理解していなければわからないから、またしかる。怒鳴る。圧力をかけてとする。

 『理想の自分』に育てたはずが不完全をあらわにするんだから、そりゃ腹立つよね。でもそれ、自業自得なんだけどさ」

 弟は本気で不思議そうだった。

「姉ちゃんは、しんどくないの……?」

「……しんどい、ね」

 思い出すように、少し逡巡しゅんじゅんしてから彼女はベッドに腰をおろした。

「しんどいって感覚はいつもあるよ。でも、終わらないんだもん。母さん、昔っから苦労させたくないって言うけど、めちゃくちゃ苦労してるよ。生きることがこんなに苦労なんて、誰が思うんだよ。

 親の機嫌とって、他人の中からはみ出ないように調節して、でも……親の理想を全部許容して体現するのは無理だからさ、そこには気づいて欲しいんだけど、なかなかみんな、理想が高すぎるよね」

「めっちゃ他人事……」

「だって、不完全な親から完璧が生まれるわけないじゃん。そんなの、機械でやれって思うことだし。そもそも不完全なやつらがなにを言ってんだって思うし。

 子供は力が弱い状態から親の言葉を聞いて、正しさとか、ふつう、ってものを教えてもらうけど、子供が自身の鏡の役割を果たすと親は腹立つしね」

「鏡?」

「あなたのために言ってる、って常套句じょうとうくだけど……子供が親に向けて、あなたのために言ってるんだ、って言ったところで納得する?」

「…………なに言ってんだとか、生意気って思い、そうだね。うちの親は」

「聞き流す人もいると思うしね。まあそれは、個性だからいいんだよ。

 でもその個性を子供が持ってると気づかないのはおかしいでしょ。どう見ても親と同じ顔してるなんてこど、ないんだし」

「マンガじゃないからね、うん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る