綴り人の物語 3
壊れた彼女の姿は、恐ろしいものだった。
色が認識できなくなり、大好きだった本が紙くずになり替わり、感情の落差が酷くなった。
価値観がすべて引っ繰り返り、演じる能力だけが本能的に残ってしまった。家族や他人を
普段から演じた姿を見せていたのに、誰も、気づくことはなかった。
娘がおかしくなっていることに、そっと、少しずつ距離を広げられていたことに、誰も気づくことはなかった。
人間のふりをする、生物。
相手の望む虚構を作り出す能力。
コインの表は綺麗でも、裏側は傷だらけなうえ、色も
空気を読むのが大嫌い。回りくどい会話が大嫌い。不快、不愉快なことと、そうではないこと、の二つに区分して記憶する。新しくなにかを
好きなことが消えた彼女は、そのことを悲しんだ。大好きだった本がごみにしか見えなくなった時、絶望していた。美しい景色を見ても、感情が動かないことに慣れていくと、悲しいという感情さえ、どうでもよくなった。
できないことが増えた。今までできていたことが、突然できなくなってしまった。
米を
そうして、たくさんのできなくなったことを、別の方法を使って切り抜けていったため、彼女の崩壊は加速する一方だった。
彼女は弱音を吐くことがなかった。冗談半分に嫌だと言うことはあったが、本気で嫌な時は相手を誘導した。そうしなければ、演じていると気づかれる可能性があったためだ。あくまで普通の、平均値の人間の感情をみせる。
だから、壊れても、気づかれなかった。
感情豊かだった心からほとんどが
ふと、視線が
見られていない時、無意識に呼吸を数秒止めてしまうこと。
誰も周囲にいない時にだけ、胸の酷い痛みで
彼女は大衆向けの演者にはなれない。限られた空間のみ、人間を演じることができる。
頭の回転が速いわけではない。彼女は少ない労力でいかに効率的にできるかしか、考えていなかった。母親を恐れなくなった時、父親の、当然のような
しかし外から見れば彼女は、変わっているが頭のいい地味なオタク娘、という姿になっていた。
容姿が
変わった人間というレッテルを
物語の中に存在する、平凡とされる人種や、突飛すぎる人間ではなく、ほどなく変わっており、ほどなく平均的な人物。だからこそ、相手を
己を守るために無意識にしたことだったが、母親はまったく気づかなかったこともあり、彼女という器にひたすら様々な酒や泥水を
動かない表情筋の代わりに、声を調節して感情を出す。アニメーションから彼女が学んだ技法だった。だから彼女はアニメオタクに見えるようになった。好都合だった。
まさか他者を
ドラマも参考にしたが、他人を演じる俳優たちの動きは真似ができないと切り捨てた。彼らはキャラクターを演じるうえで、どうしても誇張してしまう。普通とされる人間は、ドラマの中には存在していない。
自身がドラマの中の人物のように笑えないため、演者を素直に尊敬はした。
家族が寝静まった時間帯にアニメを観ては、声優の声を参考にしたり、
アニメはパラパラ漫画と同じ手法で作られている。コマとコマの間を、人間の脳は勝手に補完する。錯覚を利用し、そして進化を続けるアニメも、よりアニメの中の虚構の存在を実在するような絶妙な演技で
破壊された彼女に残ったのは人間を演じるための補助的なものだった、それ。壊れないための、盾の一部。……皮肉なものだった。
しかし作り上げたメッキは、はがれていくものだ。
感情の
泣きたい時に泣けないのに。
そんな声が聞こえてきそうなほど、
おそらく誰もが、逃げればいい、我慢しなくていい、助けを求めればいい、と
逃げるための資金を出してくれるわけでも、我慢をやめた先での保護も、助けてやると自身が手を差し伸べるわけでも、ない。自分ではない「誰か」が、手助けしてくれるかもしれないという楽観的な軽い言葉。自分と距離が遠い存在へ投げる、無責任な言葉。
天原凪は、妹や弟が自分のようになることを防いでいた。結果的に妹には愚者扱いをされ、弟へ向けられる期待を背負うことで。
母親の正常とは言い
そもそも彼女にとっては、親の態度がどんなものであれ、それは人間である以上は仕方ないという考えであった。人間に正しさなどない。
彼女の目線で見た世界は、とても単純化されたもので、すべての人間が等しく、多角形の生物に過ぎなかった。それ以上でも、それ以下でもない。
だが、できれば善とされる部類にいるほうがいいだろうという判断だけで、彼女は母親の
彼女だけは、
妹が母親と一緒に化粧を楽しんだりしても、そこに
妹も弟も守るのに限界があるため、できる範囲でしか、やらなかった。妹に馬鹿にされても、なんの感想も浮かばなかった。妹の中では、色気もない、
そして。
壊れた彼女を見つけたのは、
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