第七幕
綴り人の物語 1
これで最後だ。終幕は上がり始めている。
そして……カーテンコールはない。
終わりだ。本当の、終わりだ。行き止まりだ。
さあ、
***
「助けに来た」
そう
*
黒く短い髪。お世辞にも
そんな中で、笑いもせずに
低めの鼻。
「
言い
「
母親の顔を見たくないと言わんばかりに顔を
同じウサギの人形はほかにもあった。そちらは黒い衣服と瞳のもの。黒いうさぎは、赤いうさぎと違って在庫がたくさんあった。
「えらいね。さすがお姉ちゃん」
誉め言葉ではないそれを、楽しそうに娘に向ける。母親が繋いでいる手の先にいる、もう一人の娘はなにが起こっているのか理解していない様子だった。姉とは似ても似つかない、色白の肌に、くりくりとした瞳をもつ、愛らしい娘だ。
凪は、たった一つだからあのうさぎを選んだわけではない。鮮やかな赤色が可愛いと感じたから、自然と選んだだけだった。
微笑む母親は赤いうさぎを妹に持たせる。凪はみずから黒いうさぎを手に取った。
欲しいもの、ひとつだけ買ってあげる。
珍しく選ばせてくれる言葉を
姉だから。それはただの言い訳だ。嘘をついた、言い訳。免罪符にもなりはしない。
だが母親は、それがあたかも正当な、嘘をつく理由であるように妹に「レジに行こうねー」と笑いかけている。
普段からなにかを欲しがることのない凪は、無意識化でまた
いとも
母親からすれば、同じ人形に過ぎないが、明確な違いがあるというのにそれに気づきもしない。それが母親の成り立ちに大きく影響しているのかもしれないが、それとまったく同じことを、娘に
同じようなことは、何度もあった。
祖母が二人に浴衣を
赤い帯。だがその模様が違う。広げた折り紙のような、可愛らしい子供用の帯。
「
甘ったるい声を出す祖母に凪はまったく期待などしていなかった。妹の怜も同じ帯の入った箱を指さしていたからだ。
「同じ赤色だし、こっちでもいいじゃない」
聞き分けのない子供に向けているような、
「いいよね? お姉ちゃんだもの。また今度、欲しいもの買ってあげるから」
この祖母も平気で嘘をつく。できもしない未来の約束を、たやすく、言葉にする。
おとなのくせに、なんて無責任。
「おばあちゃんには、凪ちゃんも怜ちゃんも、大事な孫だからね」
なぜ微笑みながら言っているのか。心からの言葉かもしれないけれど、凪にとっては
嫌だと暴れたところでなにも変わらない。彼女たちの優先順位は自分ではなく、妹だ。
姉の自分から見ても、妹はかわいい。同じ親から生まれたのに、どうしてこんなに違うのだろう。とっていた栄養が違うからか? それとも、出来損ないとして、妹を輝かせるために産まれたのか?
外から見れば、仲のいい家族。うそまみれの、家族。
祖母は母をいじめ、母はその不満を凪にぶつける。抵抗することのできない凪は、言葉の暴力を振るっても何も感じないのだと……勘違いされていたのだろう。
*
父は家族に無関心。仕事から帰れば居間を占拠し、テレビを占領した。凪の見たかったアニメは野球中継に変わり、なにも言わないだけ、嘘を
凪は家から逃げようとは一度も思わなかった。その年齢のこどもにしては
それに比べれば、我慢さえすれば衣食住が保証されているこの家が、少しマシだっただけだ。成長してから知ったが、産んだからには育児の責任が発生するという。義務教育があるのもそのためだ。
だが、世の中には育児を
凪が一番よく接したのは母だった。父のいない間に自分が気になった番組が知りたいと新聞を
だが。
「読みたければ自分でなんとかしなさい」
それが、母親の言葉だった。どうせ小学校に入れば覚えるという気持ちもあったかもしれない。だが凪は、「今」知りたかった。学びたかった。
夕食の
けれどもそれを、母親が自身の手柄にした。
まるで自分がそうするように仕向けたように、自慢の娘だと
あなたはなにも、教えてくれなかったのに?
凪にとって母親は
やがて祖母が、祖父が亡くなり、母の愚痴が少しでも減るかと思ったが、そうではなかった。不満の原因は、父親だった。確かに、家族とまともに交流しない。なにを考えているのかわからない男だ。
だというのに、二人とも
(外ではすごく仲良くしてる……よく
家の中と外との差に、凪はますます混乱していた。
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