魔女の物語 4

「彼女の『願い』は僕の魔法じゃ対価が足りないんだ! おまえだって、できはしない! 僕は、彼女の魂で唯一彼女を救うためにつくりだされたんだからな!」

 自分自身さえも誰にも視認されない存在。ただるだけで、ありとあらゆる人間によって願いを求められた魔女。

 結果。

 その『願い』は、願った本人に『ね返る』というのに。

 暴力は暴力へ。願いは願いへ。その結果が……この世界だった。

 人間はおのれの願いで、滅んでしまった。

 魔女がここまで苛烈かれつに責めるのは、心当たりがあるからだ。目にうつっているのは、魔女の姿ではない。姿だ。

 責めているのは自分だ。おまえのせいで彼女は苦しみ、そしてこの連鎖れんさからのがげることができないと。

 もうひとりの、自分。

 彼女にやすらかにいて欲しいと願った自分。

 そして、対峙たいじしているのは、彼女の願いを叶えると約束した自分。

「おまえのしようとしていることを、僕はゆるせない。おまえだけが滅びればいい。彼女を道連れにするな」

 忌々いまいましいほどに、を言ってくる。

「ほかに方法がない! だから実行している!」

「夢に沈めればいい。心静かに、すべての喧噪けんそうからその耳をふさぎ、甘く優しい『ゆめ』を見させればいい」

「うるさい黙れ!」

 とうとうこらえきれずに悲鳴をあげた。瞬間、予想した通り、鋭い一閃いっせんで右腕が落ちた。そのまま、地面にぶつかることなく停止する。血の一滴さえ、空中に舞ったまま。

「懲りない。本当に懲りない。『自分』を攻撃してどうするんだ?」

「…………」

「大丈夫だ。彼女が生きる運命は。ただ目覚めないだけだ。どうだ? これなら宿命を変えることもない。夢の中なら、彼女の願いは『必ず叶う』」

「それは、叶ったとは、言わない……!」

「できもしないことをしているおまえより、まともだ!」

 断言するのは、自分と同じ姿の者だ。ここまで感情豊かな自分の姿というのも珍しい。

「『愛も恋も』知らないおまえのハリボテの『夢』に、彼女が救えるわけないだろっ!」

 にらみつけたままそう声を張り上げる。

 そうだ。夢なんてものは、しょせん、ただの願望のまぼろし。

 愛以外の感情ならばすべて『はねかえす』機能で魔法を使っていた魔女には、決してできないことなのだ。

 愛を知った彼女に、愛を知らない者の魔法は効かない。

「『虹』の魔女、ウテナ。『反射』の魔女、ルイン。『至高』の魔女、エトワール。すべてがおまえで、おまえじゃない。おまえはまだ『名』がある!」

「やめろ……」

「『夜』の魔女、新星の名を持つ……彼女に混ざった『神』」

「だまれだまれだまれ! 黙れ!」

「おまえはボク。願いを叶えられない、星の名を持つボク」

 魔女は目を見開き、それからかぶりを振った。

「認めない。与えない。許可なんて出すものか! おまえはひとりで消える! 消えろ!」

「……彼女の願いには、必要なことだ」

「しつこい! 本当にしつこい! なんて執着しゅちゃくだ! 気色の悪い! よせ、ゆるさないと言っているだろう!」

「そんなもの、いらない」

 なんだと、と魔女が動きを止める。そして絶望に顔を染める。

 たった一回だ。たった一回のために、こいつ。

「狂ってる……たった『一回』のために、そこまでするのか。とんだ道化だ」

「約束したからな」

「はは。あ、そう。じゃあたった一回のチャンスを、使ってみろ」

 魔女はつえを器用に空中でつき、もたれた。

「この『孤独』の宿命を持つ僕ごと、『否定』するがいい」

 緑におおわれた人類のいない世界ごと。命のいとなみだけが静かに繰り返される穏やかな世界ごと。理想郷ごと、その『願い』へと沈没させるがいい。

 魔女は小さく笑う。

「おまえのそれは――――『愛』だとも」

 なにか答えかけた相手を、魔女は鬱陶うっとうしそうに消し去った。

「エ、トワ……ール……僕のために彼女がつけてくれた名前」

 愛おしそうにつぶやき、虹の魔女はまぶたを閉じて眠りに落ちる。

 

 さあ、最初で最後の好機だ。



 魔女はあふれる力、そして感情に喜んだ。無敵だ、と思った。

 美しい白銀に近い金髪を揺らし、ある男に声をかけた。

「願いを叶えてあげる」

 男は魔女を押し倒した。おかしたはずの魔女の『すべて』が男へとかえった。

「ははっ。なにもだえてるんだよ? つっこまれるの、どうだった?」

 魔女へのすべての事象は、相手に反射してしまう。

 ありとあらゆる暴力、攻撃、悪意、すべてが、すべてが魔女から本人に戻っていく。それはまなたきにも満たない時間で。

 想像しただけで。思いえがいただけで。

 魔女はその『未来』を相手に『かえす』。

 兵器で周辺が焼け野原になろうとも。

 幼い子供を使った人間爆弾であろうとも。

 すべて反射してしまう。

 一時期は、怪談話のようなものにまでなってしまった。なにせ魔女の姿をきちんと認識できる人間はいなかったのだから。

 美しい女であったり、美丈夫であったり、恰幅かっぷくのいい老人であったり、無垢むくなこどもであったり。

 相手の望む姿を持つ魔女は、どんどん減っていく人間の数に不思議でならなかった。魔女がなにもしなくても、人間は数を減らしていったからだ。

 激しい気温変化が起こり、嵐が起こり、雨が絶えない日々が続き、日照りがおさまらない天が繰り返されても、魔女だけはそのすべてを反射し、存在し続けた。

 そして、ほんとうに人間の数がほんの少しになったとき、であった。

 小さなこどもだった。

 洞窟で震えながらおのれ身体からだいだくこどもだった。

 魔女は言った。

「願いを叶えてあげる」

「……おみず、ほしい」

 言い終えた瞬間、こどもの肉体が破裂した。肉体の中の血液が、その場に散った。

 ふと疑問になった。

 自分に幼少期があった記憶がない。いつからこんな姿なのだろう?

 魔女は自身の魂の記録を読み始めた。色んな人生があった。脳など存在していないものや、魚、鳥だったことも、野生動物だったこともあった。

 だが。

 途中からいびつにそれがゆがんだ。その歪みの先に自分の人生もった。

 そして知ってしまった。自分は人間でありながら、そうではないと。

 足りない感情を探してひたすら探して、そこに降り立った。

 願いを叶える魔女は、とてもたのしみだった。彼女はどう言うだろう?

 けれど結果はどうだ? 彼女の願いにふたをし、夢に沈めただけだった。自分は彼女の一部になっているから、それが精一杯だった。

 魔女は願いを叶えなかった。叶えることが、できなかった。

 彼女を夢からました先に居たのは、星の名を持つの『自分』だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る