案山子の物語 3


 町の東側には大きく切り立ったがけがある。そこはほぼ山の上で、見下ろすがけの下には、有象無象うぞうむぞうの獣たちがむらがっていた。それ以外に広がっているのは森だ。

 あれらが『スケアクロウ』が退治するべき災害。遺伝子をいじった果ての、原形をとどめていない、生物いきものたち。

「きおく? とか、なんかみせられてもよくわからないと思うし、勝手に使っていいから」

「……キミ、だまされそうって言われない?」

だまされても困らないから平気だ。それにシュテルンの力になるなら、べつにいい」

 満面の笑みに、影法師は苦い表情を浮かべる。

「あの崖下がけしたあふれてるの、人間を喰いにきてる生物たちだろ。虫とか色んな種類がいるね……すごい光景だ」

「まあちょっと多いな。時間かかりそう。でもオレ、『スケアクロウ』だから大丈夫だよ」

「……『適正』って、遺伝子の適正でしょ。キミ、まだ十歳にもなったばかりじゃないの?」

としの数は知らない。神官たちはオレに働いたぶんの給料をくれるからやってる。その金で、食べ物も買えるし、本も買える。いいことだらけだ」

 崖下がけしたうごめく様々な動物や、虫。なにもされていない動物のほうが珍しいので、増え続けるこの獣たちはどうしてもここから追い払わなければならない。人間の数より圧倒的に多いそれらは、もはや災厄といえた。だれかは天罰と言い、だれかは災害と言う。

「オレの物語? を使うといい。すべての害ある存在を排除する、番人の物語を」

 にこやかに微笑みながらうなずいてそう、答える。

「オレはシュテルンの物語が好きだ。だって、たとえそれが虚構にせものでも、嘘でも、信じることができる、楽しいって、悲しいって感じられる。

 ばかなオレでも、敵を倒すだけのオレでも、おもしろいって……そのうそを、信じられる」

「…………」

「しあわせな最後が必ずあるわけじゃないから、なんだオレと一緒だなって思うんだ。

 だからオレは、って……信じることができるんだ」

 優しく笑うタハトは、ぼろぼろのマントをひるがえす。

 他者から使われ続ける、最後の砦とされるびと

「オレはシュテルンに救われてる。だから、どうか、救ってやってくれ。願いを叶えてあげてくれ。

 オレはタハト=スケアクロウ。オレは寄ってくるありとあらゆる『災厄』を退しりぞける、守護者だ!」

 しのびよる破滅も、病も、悲壮ひそうも、すべての害を成すものを追い払うために存在する、愚かな案山子かかし

 背負っていた大きな鎌を片手に、細身で小柄な少女はただ笑っていた。そこになにかの思惑はない。まっすぐな感情だけだ。

「さよなら、魔法使い。あんたも、シュテルンがつくったのかもしれないけど……オレは、ちょっとだけ思うよ」

「…………」

「オレはばかだから、難しいことはわからない。でもさ、あんたはシュテルンと一緒に逃げても良かったのに、そうしなかったんだよな。すげぇよ」

「そんなこと……」

「オレみたいにせまってくる闇をはらうんじゃなくて、ほんとはずっと……ずっと手をにぎってるんだよな」

 小さく身体からだちぢこまらせ、タハトは『スケアクロウ』へと変化していく。黒い鎖が身体からだおおっていき、意志を宿やどして宙を舞う。

「じゃあな、魔法使い。シュテルンはあんたに、きっと救われてるよ」

 そう言うなり、弾丸のように飛び出し、崖下へと跳び下りた。着地するなり、地表すれすれを背を低めて駆けていき、人間を襲おうと迫ってくるありとあらゆる獣たちをその鎌で命をり取り、滅ぼしていく。

 体躯たいくに似合わない巨大な鎌は、容赦なく凶悪に進化した獣たちの命を奪っていく。


 その様子をながめていたエトワールは、心底信じられないという顔をしていた。

 わらで作られた、ひとの形をしたもの。畑からからすを追い払い、畑を守ってたたずみ続ける存在。

 崖下で血と肉片をき散らしながらどんどん死骸を積み上げていく『スケアクロウ』。それは役職の名であり、彼女の名であり、避難のための鐘の音におびえる人々たちが唯一祈る相手。

「……なにも知らないくせに」

 あんな顔で笑って。この生物たちを生み出した元凶たちにいいように利用されて。

 エトワールは目を細めた。

「タハト……。その、他者に使い続けられる『酷使』される宿命を持つ星よ。同じようにボクも使わせてもらう」

 そう呟き、エトワールは瞼を閉じて姿を消した。もうここに、用はない。



 ぼろぼろになりながら、タハトは無垢むくな笑いを浮かべる。言えなかったな、と。

(オレは特に好きなんだ。

 シュテルンがたったひとつだけ語った物語が)

 愛でもなく、恋でもなく、たった一人の男が、あいを知る……いや、その『恋』が『愛』へとる物語が。

 知恵を求める自分とは違って、物語という空想の世界の中で、見えることもない、たしかめようもない、そんな曖昧あいまいな、それでいて果てしなくまぶしさをもつモノへと成長させる、モノガタリ。

 夜の神が、あいを知りたくて数多あまたの世界をめぐり、見つけることが叶わず、そらを見上げたそこに、星がかがやいていた。そんなうつくしく、すぐそこに『あった』ものがたり。

「どけぇぇぇえええええ!」

 勢いよく吠え、タハトは力任せに薙ぎ払う。世界を守る結果になっていても、そんなの関係ない。

 オレは、オレのやるべきことをしているだけだ。

 からみつく羽虫を払いのけ、引き倒そうとする牙をのぞかせる動物の手を無理に力で引き千切る。

 ああそうか。

 なんでシュテルンのお話がすきなのか、わかった。

 そっか。

「はは、は」

 思わずれた、その笑い声に涙がにじんでいる。

 ヒーローに、なりたかったんだ。

 だれかを助ける力はないけど。

 だれかが悲しむモノをはばむ力は少しはあるから。

 ぶんっ、と身体からだごと鎌を一回転させる。その風圧で『害』と呼ばれる敵が吹き飛ぶ。その風は空をおおっていた灰色の雲さえ吹き飛ばし、透き通るような青空を見せ、光は地上に降りそそいだ。

 みているか。

 みているか?

 シュテルン。オレも、おまえの『物語』になれたか?

 賞賛の声も、応援の声も、なにも、きこえはしない。

 だってオレは、やるべきことをしているだけだ。それがオレがオレであるということだから。

 それでも。

 それでも。

 かっこいいヒーローに、だれだってあこがれるものじゃないか?

 まっすぐに空を見上げて。

 色んな力を借りて、いま以上の力を発揮はっきして、まぶしいまぶしい光をまとって、英雄に、なれているか?

 なぎって名前だっけか。聞こえているか。聴こえているか。

 星の名を持つオレはここにいるよ。ここにいるよ。あんたを助けたかった。そんなヒーローになりたかったよ。だけどさ。

「それは、あいつにゆずるよ。だって、あんたの手をさいごまで、きっと離さないからさ」

 明るくほがらかに笑ったタハトは、さらに走る速度をあげる。

「おおおおおおお! 消えろおおぉぉぉおおっ!」

 すぐに忘れられてもいい。次のスケアクロウは現れる。だけど。

 この瞬間、今だけは。

 この世界の英雄は、このオレだ! 太陽の光をびて、ひとを不安にさせるものをすべてすべて、悪夢さえも、追い払ってやるとも!

 だからあんたも、信じろ。願いは、かなうよ。だって、ヒーローのオレの力も貸すんだ。

 片足を大きく地面に踏み込む。ずしん、と振動が大地に響いた。左腕にからむいくつのも鎖が指示に従って闇を突き破っていく。

 そこにいたのはまぎれもない、ひとが望む英雄だった。

 り切れてしまっても、ひとの記憶からあっという間に消えてしまっても。

 オレを見ているだれかの希望に、ヒーローに、なれればそれでいい……!

「ははは! あんなの、『恋』と呼ぶには、まぶしいだろ!」

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