案山子の物語 2

「ここを一直線だから迷子にはならないよ」

「……あのさ、今さらだけど、ボクはついていってもいいの?」

「さあ?」

「…………」

「でも仕事はしなくちゃいけないからなぁ」

 平然と明かりもない暗闇でつぶされた枯井戸かれいどの底につくられた横道を進む。

 影法師は狭い道をぶつかることもなく、ついてくる。

「物の流通はかろうじてできてるけど、随分と荒れてるね、町」

「そりゃそうだよ。何回ももう危機にさらされてるからね」

「……その『危機』って、なに?」

「うーん。人間が嫌だなって思うことじゃない?」

 その答えにまったく納得していない様子なのに、影法師は押し黙った。

 やがて明かりが見えてきて、そのまま広間に出る。待ち構えていた真っ白な衣服の男は、影法師の姿にぎょっとしていた。

「だ、誰だそいつは!」

「やあやあ。ボクは大・魔法使いだよ。少しでも力になれるならと、こうしてさんじただけさ」

「そうなの?」

「タハト、黙りなさい!」

 男の言葉にほぼ反射でタハトは唇を閉じた。

「まあいい。ただの人間ではどうせすぐ死ぬ。

 タハト、町の東側に『敵』が現れた。教皇様は人々に被害がおよぶやもと心配なされている。できるな?」

「うん? まあ、わかった。いつも通りにすればいいんだよね」

「そうだ。……また服がぼろぼろじゃないか。おまえは教会の代表でもあるんだ。自覚をもて」

「でも戦ったら服はすぐこんなになっちゃうよ。服を大事にするのは、役目に入ってないと思う、けど……」

 首をかしげているタハトの前で、男は怒りに唇を震わせた。この男は、神官なのにきたえられた肉体をしており、神官服もなんだかきつそうだった。こめかみがひくひくと動く。

「あ」

 タハトは男が放った平手打ちを、なんなくけた。「ありゃ。ごめん」と謝罪までした。

「こ、この! いやしいカカシが!」

「まあオレは高貴なひとではないし、頭の良いひとたちの考えてることなんてさっぱりわからんから、この仕事をしてるんだけど」

 後頭部を軽くいて、申し訳なさそうにまゆをさげる。

「あんたらの言う『カミサマ』ってやつは、なんであんたたちを助けないんだ? どうしてオレがあんたたちをたすけるんだ?」

 純粋な疑問の声に、男は言葉にまる。

「な、なんてことを言うんだ! 天罰がくだるぞ!」

「べつにいいけど。よくわかんないな、あんたたち」

 本屋のおばちゃんや、野菜売りのおじちゃん、町のみんなはオレのことをいつも心配そうに見てきて、やさしい言葉をかけてくるのに。

 神殿の『高貴こうき』なひとたちは、だれかにお礼を言ったりしないのかな? 信じてる『カミサマ』ってやつも、薄情はくじょうだ。

 あまりにも無垢むくなタハトに、男は苛立いらだちに震えていた。実際にと呼ばれるものは、この世界をすでに襲っている。だが、それは『カミサマ』なんて、神官たちが作り出した都合つごうのいい偶像ではない。

「……片づけたら、教皇様に報告をするように」

「わかった」

 うなずいてから、タハトは影法師のほうを見遣みやった。「こっち」と指差して、広間を突っ切って別の道へと駆け出す。残された神官の瞳が、忌々いまいましそうにタハトを見つめていた。



「ああいうこと、よくあるのかい?」

「あーいう、こと? ん?」

「殴られそうになったり」

「あー。昔はよくあった。でも、オレ、適性があったみたいで、全部避けちゃったから、めちゃくちゃ怒るんだよなぁ、あのひとたち」

「あの男たちを、殺そうとか思わないの」

 影法師の言葉に、タハトは慌てて足を止め、両腕をつかんで激しく揺する。

「なんてこと言うんだよ! ひとを殺すのはわるいことだぞ!」

「……人間だけを殺しちゃいけないなんて、人間が決めたルールだろ」

「? よくわかんないけど、だめってことをやる意味がわかんないよ。オレは誰かに頼まれても、人間を殺したことはないし」

 それに。

「オレは『スケアクロウ』だから、人間を守らないと」

「…………都合つごうのいい道具の間違いだろ」

「おまえ性格わるいって言われないか? そういうおまえは、シュテルンの本を読んだほうがいい。すっごく面白いんだ。

 あんまりみんなは好きじゃないみたいだし、神官たちはばかにするけど、オレはすごく好きだ」

「へぇ……別に溜飲りゅういんが下がるような物語でもないし、幸福で満ちたものでもないだろうに」

 影法師はほかの人間と同じようなことを言う。

 シュテルンの物語は決して幸せな結末が用意されていない。それが一番、良かった。

 そもそも、影法師がなにを言っているのかタハトには理解できなかった。手を離して、腰に両手を当てる。

「むずかしい言葉を使うな! わからん!」

「…………」

「よし、文句ないなら行くぞ! あ、おまえはべつに来なくていいんだった! ごめん。行くな」

 ばいばいと手を振ると、影法師が思いっきり見下ろしてくる。これがおとなげない、というものなのかもしれないとタハトは思った。

「そもそもまだボクの話を聞いてないだろ、キミ! こら! おい、無視して行くな!」

 神殿の中の複雑な道を、人のいないところを選んで駆け抜けるタハトに、影法師が文句を言いながらついてくる。よほど大事な話があるのだろう。

「じゃあ向かいながらでいいぞ。東のとりでがけの上にあるんだ。傾斜けいしゃになってて、そこをのぼる。大変だけど、疲れたらついてこなくていいから!」

「なんで笑いながらそんなこと言えるの、キミ……」

 もう少し速度をあげるか悩んでいると、影法師が口を開いた。

「ボくは、『願い』を『叶える』ために来たんだ。キミには協りょ…」

「へえ! なんだそれ! おまえの願いか。腹いっぱいになることか? たくさんシュテルンの本を読むことか?」

「キミじゃないんだよ! それにボクでもない! と、遠いところにいる……キミが好きなシュテルンの願いだよ!」

 それを聞いて急停止したタハトは、追いかけてきた影法師の首をまたがくんがくんと揺らす。年相応の行動のようにも、みえた。

「シュテルン? おまえ、シュテルンの知り合いか? 願いってなんだ? オレにできるか?」

「と、とりあえず、彼女の……」

「いいぞ。協力する」

 あっさりと承諾された。

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