案山子の物語 2
「ここを一直線だから迷子にはならないよ」
「……あのさ、今さらだけど、ボクはついていってもいいの?」
「さあ?」
「…………」
「でも仕事はしなくちゃいけないからなぁ」
平然と明かりもない暗闇で
影法師は狭い道をぶつかることもなく、ついてくる。
「物の流通はかろうじてできてるけど、随分と荒れてるね、町」
「そりゃそうだよ。何回ももう危機にさらされてるからね」
「……その『危機』って、なに?」
「うーん。人間が嫌だなって思うことじゃない?」
その答えにまったく納得していない様子なのに、影法師は押し黙った。
やがて明かりが見えてきて、そのまま広間に出る。待ち構えていた真っ白な衣服の男は、影法師の姿にぎょっとしていた。
「だ、誰だそいつは!」
「やあやあ。ボクは大・魔法使いだよ。少しでも力になれるならと、こうして
「そうなの?」
「タハト、黙りなさい!」
男の言葉にほぼ反射でタハトは唇を閉じた。
「まあいい。ただの人間ではどうせすぐ死ぬ。
タハト、町の東側に『敵』が現れた。教皇様は人々に被害が
「うん? まあ、わかった。いつも通りにすればいいんだよね」
「そうだ。……また服がぼろぼろじゃないか。おまえは教会の代表でもあるんだ。自覚をもて」
「でも戦ったら服はすぐこんなになっちゃうよ。服を大事にするのは、役目に入ってないと思う、けど……」
首を
「あ」
タハトは男が放った平手打ちを、
「こ、この!
「まあオレは高貴なひとではないし、頭の良いひとたちの考えてることなんてさっぱりわからんから、この仕事をしてるんだけど」
後頭部を軽く
「あんたらの言う『カミサマ』ってやつは、なんであんたたちを助けないんだ? どうしてオレがあんたたちをたすけるんだ?」
純粋な疑問の声に、男は言葉に
「な、なんてことを言うんだ! 天罰がくだるぞ!」
「べつにいいけど。よくわかんないな、あんたたち」
本屋のおばちゃんや、野菜売りのおじちゃん、町のみんなはオレのことをいつも心配そうに見てきて、やさしい言葉をかけてくるのに。
神殿の『
あまりにも
「……片づけたら、教皇様に報告をするように」
「わかった」
*
「ああいうこと、よくあるのかい?」
「あーいう、こと? ん?」
「殴られそうになったり」
「あー。昔はよくあった。でも、オレ、適性があったみたいで、全部避けちゃったから、めちゃくちゃ怒るんだよなぁ、あのひとたち」
「あの男たちを、殺そうとか思わないの」
影法師の言葉に、タハトは慌てて足を止め、両腕を
「なんてこと言うんだよ! ひとを殺すのはわるいことだぞ!」
「……人間だけを殺しちゃいけないなんて、人間が決めたルールだろ」
「? よくわかんないけど、だめってことをやる意味がわかんないよ。オレは誰かに頼まれても、人間を殺したことはないし」
それに。
「オレは『スケアクロウ』だから、人間を守らないと」
「…………
「おまえ性格わるいって言われないか? そういうおまえは、シュテルンの本を読んだほうがいい。すっごく面白いんだ。
あんまりみんなは好きじゃないみたいだし、神官たちはばかにするけど、オレはすごく好きだ」
「へぇ……別に
影法師はほかの人間と同じようなことを言う。
シュテルンの物語は決して幸せな結末が用意されていない。それが一番、良かった。
そもそも、影法師がなにを言っているのかタハトには理解できなかった。手を離して、腰に両手を当てる。
「むずかしい言葉を使うな! わからん!」
「…………」
「よし、文句ないなら行くぞ! あ、おまえはべつに来なくていいんだった! ごめん。行くな」
ばいばいと手を振ると、影法師が思いっきり見下ろしてくる。これがおとなげない、というものなのかもしれないとタハトは思った。
「そもそもまだボクの話を聞いてないだろ、キミ! こら! おい、無視して行くな!」
神殿の中の複雑な道を、人のいないところを選んで駆け抜けるタハトに、影法師が文句を言いながらついてくる。よほど大事な話があるのだろう。
「じゃあ向かいながらでいいぞ。東の
「なんで笑いながらそんなこと言えるの、キミ……」
もう少し速度をあげるか悩んでいると、影法師が口を開いた。
「ボくは、『願い』を『叶える』ために来たんだ。キミには協りょ…」
「へえ! なんだそれ! おまえの願いか。腹いっぱいになることか? たくさんシュテルンの本を読むことか?」
「キミじゃないんだよ! それにボクでもない! と、遠いところにいる……キミが好きなシュテルンの願いだよ!」
それを聞いて急停止したタハトは、追いかけてきた影法師の首をまたがくんがくんと揺らす。年相応の行動のようにも、みえた。
「シュテルン? おまえ、シュテルンの知り合いか? 願いってなんだ? オレにできるか?」
「と、とりあえず、彼女の……」
「いいぞ。協力する」
あっさりと承諾された。
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