配達人の物語 3


「こんにちはですぅ」

 突然夜空から、浮いているソリからひょこ、と顔をのぞかせてきた愛らしい金髪の少女の声に、炭酸ジュースの缶を落としてしまう。男は幻でも見ているのかとまばたきを繰り返す。

「えーっと、顔の確認完了。あのぉ、あなたここでですね、死ぬんですぅ」

「は?」

「は、じゃないですぅ。マジですぅ。で、あなた、そこそこ前世でプラス状態なので、苦しんで死ぬか、苦しまないで死ぬか、選ばせてあげますぅ」

 空から女の子が変なことを言っている。

 呆然ぼうぜんとしている男の前に、ステラはやれやれとソリをそのままにして、ふわっと地上に一人だけ降りてきた。

「プラスが多い人だけにしてるので、勘違かんちがいしないでくださいね~。あと、死神もどきですぅ」

「……すごい夢だ」

「あはは。そう言う人多いですよねぇ。いいですよぉ。じゃあ苦しまずに死んでくださいぃ」

 じゃあいきますねぇ~、とステラが巨大な針を取り出して振り上げる。さすがに男がぎょっとして、逃げ出そうとするが、次の瞬間には心臓をつらぬかれていた。

「おしまい~!」

 ずずず、と針を抜く。針の先には奇妙な炎がまとわりついている。それをまるでゴミのように、持ってきていた大きくなっている白い袋にぽいっと投げ入れる。

「おお、まずまずの数になりましたね。えーっと、魂の循環機能じゅんかんきのうを回復させて、ん~、とりあえずあともうちょっとしたら帰りますかぁ~」

 よっこいしょ、と袋を肩にかつぐと、そのまま引っ繰り返ってしまう。ひぃ、なんてこった!

「ぎええええ! 恥ずかしぃ~!」

 ばたばたと足をばたつかせるが、自身の身体からだよりも袋の量のほうが大きいので、動かない。

「! さっきの人間、この人生でもまたプラスを作ったってことですかぁ~? 重いんですよぉ~くそったれぇ~!」

 引っ繰り返った虫みたいな無様ぶざまさに、ステラは泣きそうになってくる。

「大丈夫?」

 ひょい、と顔をのぞき込まれて、ステラは動きを止めた。

 え、え?

「ぎええええええええ!」

 つんざくような悲鳴が、静かな深夜に響き渡る。さすがに相手も驚き、動きを止めていた。

 広大な地を国に有するこの場所でよかった。もっと密集地とか、住宅街だったら声をききつけて誰かが来ただろう。幸運なことに、ここにいるのはすでに死体となっているものと、古い自動販売機。そしてガソリンスタンド。男の乗って来た車だけだ。だからこそステラはタイミングをはかって男に声をかけたのだが。

 つば広の黒いとんがり帽子と、黒のローブ姿。丸眼鏡までつけている。

「へんたい~!」

 ステラは袋の上で相手をにらんだ。あっちいけぇ~! と短い脚でキックの真似事まねごとまでしている。

「えっと、変態ではないんだけどね」

「変態じゃなかったら変人ですよぉ! なにこんな深夜のガソスタで、奇怪なコスプレしてるんですか!」

 全力で嫌がられしまった変態は、かわいた笑いまでらした。

「あの、この状態で言うのは卑怯かな~とも思うんだけど、キミ、危ないからこのまま話すね」

「はあああああ?」

「死神が相手だから、いいよね」

「いいわけないでしょ! 女の子がこんなに頑張ってるのに助けもしないで眺めてるなんて、とんだ変態じゃないですかぁ!」

「そういう趣味はないんだよね……。純粋にキミ、ボクの魔法障壁ガードぶち破っちゃうもん。危なくてさ」

 そこでステラは動きを止めた。死神、とこいつ、言った? それに。

「…………あなた、もしや」

「べつになにかしようってわけじゃないから。ただ、お願いがあって」

「…………へぇー」

「キミにとってもいい話だと思うんだよ。聞くだけなら無料だよ?」

「まあいいですよ。なんかあってもぶっ飛ばせばいいってことがわかりましたし」

 袋の上で見上げる状態のまま、ステラはすん、とした顔で相手を見遣みやる。

「未来のキミの『願い』を叶えるために、力を貸して欲しいんだ」

「…………みらい? どちらのだれさんですか?」

天原凪あまはらなぎっていう子なんだけど、見せるよ」

 怪訝けげんそうにしているステラは、かっ、と目を見開き、そのままわなわなとふるえだす。

「ああそう、そうですかぁ」

「あ、あれ……」

「ふふふふふふ。へぇ~、なるほどぉ~」

 恰好かっこう恰好かっこうだけに、今のステラはなかなかに怖い姿だ。

「協力しますよ。だから起こしてください。あ、なんかしたらぶっ飛ばします」

 変態は袋の上からステラを抱き上げて、地面におろす。ステラはふんと鼻を鳴らして、片手を腰にあてた。

「わたしの負債ふさいのほとんどの原因の『シュテルン』の代理さんですかぁ~? ご苦労さまですぅ」

「一応エトワールって名前が」

「そんなのどうでもいいですぅ! 延々と負債マイナスを増やす原因をなんとかしてくれるなら、協力を少しくらいはしてあげます!」

 むちゃくちゃ怒っている……。

 エトワールは見下ろした先のステラが、可愛い顔に似合わずにとげとげした言い方をするので、なんともいえない表情になっていた。

「用事が済んだらさっさと消えてください。あなたと接触したとバレたら減給も加わりそうですし!」

「あ、ありが」

「お礼はけっこうですぅ! あなたにとってはかなり危ない橋を渡ってここにいるんでしょうし、まあ、いま見た記憶での彼女が延々と嘘をつき続ける理由もわかりました。

 いいですよ。わたしの『掃除屋しにがみ』の話を、『配達人サンタクロース』の話に使えばいいでしょう」

「……助かるよ。ステラ=コメット」

「あぁあぁはいはい。もういいですよ。しっし! 消えてください、ほんと」

「キミは二番目に手強いと思っていたから……」

「これでも、少しは魔族ですからね。クォーターですけど。あと、わたしの名前をに把握しているのもポイント高かったですよ」

「うん。十一の可能性を秘めた星」

「一応ふざけた上司のせいで、死神業ですが、『サンタクロース』って名称にされてるので、ちょうどいいでしょう。

 シュテルンに、いいお土産ができましたね。わたしからの『贈り物』です、サンタクロースなんで!」

 嫌味ったらしくちくちくと攻撃するような声にエトワールが小さくうなずき、姿を消した。しん、とあたりが再び静まりかえる。

 残されたステラは視線をせた。

 とんだ変態だった。命知らずと言ってもいい。

「……『愛』と呼ぶには、まあ、がんばってるでしょう、をあげてもいいですね」

 そう言いながら、サンタ袋と呼ばれる魂収納袋をいつものようにかつごうとして、またも、ごろん、と転がった。

 ぽかーんとしたあと、ステラは怒りに足をばたつかせた。

「早く元の姿にもどせぇ~!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る