配達人の物語 2

「こちとらまりにたまった負債ふさいを解消するのに必死なんですよ! わたしの一生を使ってもこの負債マイナスが消えないとか、信じたくない! いやですぅ!」

 ずいずいと迫ると、ドンダーは苦笑してしまう。

「嘘をついた罪だっけ?」

「わたしがやったわけではないですよぉ……」

 でも、それでも『自分』としてカウントされてしまう。ちくしょーと思ってしまうのは仕方ない。

 トナカイ課の仕事は、サンタ課の仕事と比べるとかなり割がいい。

「ドンダーは仕事ですか?」

「うん。ちょっと見回りに」

「…………」

「その姿ではついて来たらだめだよ?」

「チッ」

 派手な舌打ちにドンダーがまた苦笑してしまう。

 今のここの、この世界に駐在させられている魔族では、間違いなくドンダーが一番の実力者だろう。

(優男の姿してるけど、ぜっっったい本当の姿、違いますよねぇ~)

 超絶気になる~! とか思っていると、軽やかに廊下を駆け去ってしまった。

 仕事、するか。

 ステラはすごすごとトナカイ課に書類を運ぶ。と、ドアが目の前で開いて、額をぶつけた。

「わっ、ごめん! ステラ」

「ぐおぉ、いえいえ気にしてないですよルドルフさぁん」

「めっちゃ怒ってるじゃん」

 赤い髪の美青年があははと笑う。

「笑ってる場合じゃなかった! ドンダー、行っちゃった?」

「え? さっき出ていきましたけど」

「反応があって、そっちに向かって欲しかったんだけど、俺には別の指令が」

「わたしが行きますぅ」

「え。でもステラ、その姿じゃ」

「上司権限で、なんとかしてくれますよねぇ~?」

 にじり、にじり。

「ドンダーやブリッツェンほどではないけど、わたしも『速い』ですよぉ~?」



 ゴーグルをかけて、ステラは屈伸くっしんをする。倉庫にあるのは、移動用のソリ。というか、誰が見てもスノーボードなのだが。

 魔族はよほど暇なのか、それとも遊び心が過ぎるのか……あまり深く考えるのはやめよう。

「おっしゃー! 少しでも返済返済~! 明るい来世に向かって、今の人生も謳歌おうかじゃーい!」

 もこもこの黒い防寒服を身にけ、ステラはソリに両足を乗せた。倉庫のシャッターがするすると上がっていく。途端に、吹雪が倉庫内を舞った。耳も鼻も痛い! 寒い!

「なんでこんなくっそ寒いとこに施設作ってるんですかぁ~! ほんとイミフですよぉ~!」

 猛吹雪の中でステラは張り合うようにそう叫び、ぐ、と両足に力を入れる。

 ソリがふわ、と浮かぶと同時に猛烈な勢いで空中を突っ切って進んだ。その速度は、人間ならば耐えられるものではなく、凍傷どころの騒ぎではなかった。

 真っ白な世界をすごい速度で突き進むステラの青い瞳に、ドンダーの姿がとらえられる。見回りなだけあって、彼は注意深く遠くまで視線をっている。こんなまっしろけな世界で何が見えるのか。ほんと魔族はわからん。

「うおおおお、これは追いつく予感~! スピードアップー!」

 少しだけソリに力を入れるような仕草をすると、さらに速度があがる。


「……だぁ~!」

「ん?」

「ドンダーぁ!」

「えっ! ちょ、す、すと、スト」

 どっかーん! と二人は空中で衝突した。



 ステラはサンタ課の室内の床に正座をさせられていた。このニホンかぶれの上司め。

「その姿でソリなんか使ったらああなるだろ……!」

「……ルドルフさんが姿をなんとかしてくれたらいけたはずなんですよぉ」

「いや、おれやあいつより上のひとがおまえに罰をだな……」

「現場の声なんて、上はわかっちゃくれないんですよぉ!」

「いや、おまえはあからさまに我欲のためだろ……。しばらくその姿のままってお達しだ」

「ぎえぇぇ、ドンダーに伝令しただけなのにぃぃぃ!」

「まあその姿でもサンタの仕事はできるからな」

「嬉しくないぃ……」


 ずぅーんと気落ちした状態で、ステラは書類のたばめくりながら廊下を進む。

「まぁたこんなに……寿命とはいえ、魂の回収の仕事とか……」

 わざわざ対面する必要があるのかさえわからない。しかし明日は大事なオフだ。ある程度は仕事を済ませておきたい。オフだ。そう決めた。ぶつかって身体からだいたいし。

「瞬間移動とかできたら楽なのにぃ」

 ドンダーにできるかたずねたが、すごい速度で移動してるから瞬間移動したように見える……ことが多いと、妙ににごしていた。

 再び倉庫に向かう。整備された様々な道具があるが、これはすべて支給品らしい。上のお偉いさんの趣味のひとつが、発明品づくりらしい。……魔族なのか、本当に。

 カンテラを棚から取り出して、光をつける。青白い光が静かに宿った。それを、本当のソリ……に似せて作られた乗り物の前の部分に設置する。よいしょよいしょとソリをシャッター前まで押していく。ソリの中にぽいっと大きな白い袋を投げ入れた。

 ひょいっとソリに乗り込んで、足元にあるペダルを両足で踏む。

「座標よし! 今日の担当区の人数リストよし!」

 ぴ、ぴ、と右、左、と指差し確認をする。倉庫にはステラしかいない。そもそもここはそれほど人数が多くない。

 黒のもこもこの防寒服を着たステラはゴーグルをつけた。

「とっとと仕事すませてしこたま寝るって、決めましたからぁ~!」

 レバーを両手で握り、前に倒す。そう、ソリの形をしているが、その中は……スキー板のようだった。遊び心にもほどがある。馬鹿にされているとさえ感じてしまう。

「ゴーっ!」

 ステラの合図と共に空中に浮かび上がり、再びシャッターが勢いよくあがった。そこは、吹雪の世界ではない。真夜中の空中だ。広がる眼下の光は、家々の明かりだろう。

 そしてステラは冬の深夜、トナカイの引かないソリに乗って、仕事へと出かけた。しくも、その日はクリスマス・ナイトであった。

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