第四幕

配達人の物語 1


 一旦閉じた幕の裏で、規則的な呼吸音をらす。

 無事に成功したとは思えない。

 観客はたったひとり。

 すべての幕が閉じるまでは、結果はわからない。

 これは作業にすぎない。決まったことをするだけの、作業。

 さあ、第四の幕の準備は整った。


***


 ブラック! ブラック! こんなのブラック企業案件では!

「いやぁ~! もうダメですぅ~!」

 あざやかな金髪をくるくると巻いている、西洋人形のような見た目の少女は「うわぁ~」となげいた。

「どこの世界に死神に『サンタクロース』なんてつけるんですかぁ! とんだブラックジョークですぅ!」

「ここだここ。サンタ課のここ」

「ぎええええ! 上司があきらめているぅ! 少しはあらがえってんですよぉ!」

 強面こわもての手足の長い黒いスーツの男は、ファーのついた赤色の衣服の幼女を横目で見る。この少女の癇癪かんしゃくは、今に始まったことではない。

 サンタクロース。世界のあちこち、人間の世界のどこかでは、善良な子供にプレゼントを配るだの、聖人が靴下に金を入れただの、様々な伝承のような、作り話がある。そう、作り話だ。サンタクロースのモデルになった人物は記録されているが、残念ながら、ここはそんなものとは関係がない。

「仕方ないだろ。お偉いさんがつけたんだから、ここの名前」

「ふざけんなって言ってやってくださいよぉ! 仮にも、仮にもここは『回収』と『洗濯』を目的にしてる部署! 良い子にあげる贈り物なんてどこにもないんですからぁ!」

 ばたばたと両足を動かすその幼稚な抗議に、男は嘆息たんそくしてみせる。

「そもそもわたしは人間なんですよぉ! 確かにここに属するための条件からして、ちょーっと人間離れはしてますけどね!」

「みんなそうだろ。採用される時に承諾しょうだくしたろ」

 男はぱらぱらと、回って来た書類を確認する。なかなか数が多い。

「おまえがそんなにイライラしてるのは、ペナルティのせいだろ。自業自得だ」

 元々生まれてからすでに、マイナスのスタートだった。人間はなにか不幸なことにうと、前世で何かした? などと思うが、彼女は今の職場に配属されてから、己の蓄積ちくせきされた『ごう』に頭をかかえたものだ。まさに前世? 来世? で、これでもかと積み上げられている悪行に、もやは涙もれてしまった。

「なぁにがペナルティですか! 仕事をしただけですよぉ? ふざけんなって話ですよほんと!」

「まあいいじゃないか。姿が幼女になっただけなんだし」

「仕事場にこんな幼女がいるほうがおかしいですぅ! なんつー罰! 羞恥に吐きそうですよぉ!」

「いいペナルティだな」

 うんうんとうなずく男を、彼女はにらみつけた。

「そもそもアンタだってサンタみたいな見た目してないですぅ! どっかの疲れ切ったリーマンですぅ!」

「仮にも上司なんだが」

「この過重労働になんとも思わないおっさんを、だれが尊重するんですぅ?」

「……休めないのはおまえのせいだ」

「ぎぃぃぃぃ!」

 激しく机をたたく幼女によって、目の前にまれた書類が雪崩なだれを起こす。せまい室内の床に散らばった書類に、あーあ、と男がらした。

「やってもやっても仕事が終わらないぃ! ほかの課の連中にさえ同情される始末! いくらふつうの人間と違ってるからって、あくまぁ!」

「そうそう。おれたちは悪魔にやとわれてるんだからあきらめろって」

「本物の悪魔にやとわれるとか、ふつうは思わないですぅ!」

 さらにバンバンとたたくので、書類がさらに落ちていく。しばらくすると、少女は動きを止めた。ようやく終わったかと男は溜息ためいきをつく。ここ数日、同じような癇癪かんしゃくを起こしている部下は、静かに立ち上がって床に散らばった書類を集め始めた。

 まさに悪魔との契約。だが人間の職場よりかなり待遇もいいうえに、それなりに見返りもある。問題は、悪魔……魔族というのが実在していて、それこそ思っていたものと違っていたうえ、人間にかなり友好的だということだろう。

 魔族にもややこしい上下関係はあるらしいが、敵対している神の一族たちよりかなりわかりやすいと認識している。単純化されているからかもしれない。たしかに……「じゃあサンタクロースって名前にしよっか」などと適当にこの課に名前をつけた、お偉いさんの神経はどうかと思う。

「ちくしょー……。トナカイ課いってきますぅ」

 舌打ちをしながら集めた書類を山に戻し、彼女は肩を落として部屋を出て行った。


 ここは人間の世界でもある。とはいえ、魔族と契約をして仕事をする者たちの集まりでもある。

 色んな者たちがいるし、実際に魔族と会ったこともある。人間にしか見えないけれど、とんでもない美形だった。なのに、とても気さく!

 くわしい事情はわからないが、魔族は神と敵対していて、神のやることを阻止すること、が目的らしい。自分も魔族に片足を突っ込んでいる状態ではあるが、魔族は、人間を魔族にすることはほとんどないという。

 実際に大魔王の奥さんも、その息子さんの奥さんも、正真正銘の人間の女性らしい。愛妻家らしいといううわさまで聞く。

 普通に考えれば、神々のすることは正当な行為ではないかと思ってしまうのだが、魔族はそうは思っていない。それはここにいるトナカイ課に所属している、見張りも兼任しているドンダーの態度からなんとなく、わかる。

 彼は魔族でもあるが、ここには研修のようなもので来ているようだった。本来の名前を教えてくれる気はないらしい。

「あれ、ステラ」

「ドンダー!」

 びえぇ、と駆け寄ると、十代前半のすらりとした少年姿の彼は、微笑む。つのも翼もない。どこからどう見ても、人間にしか見えない。しかも美形。

「あれ? その姿どうしたの?」

「うぐぅ」

 どしゃ、とその場に座り込むと、ドンダーがおろおろしてしまう。

「ご、ごめん。大丈夫?」

「いいんですよチクショー……。ちょっとトナカイ課を兼任したからってこういう姿になっちゃっただけなんですからお気になさらずぅ」

「あ、はは……。そういえばそうだったね。本当は魔族でもやっちゃいけないからね」

「悪魔のくせに、わけわからんホワイト企業なところはなんなんですぅ?」

「上の人たちの命令でもあるんだけど、過度な仕事を人間にさせる気はないっていうか……」

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