騎士の物語 3


 両腕が痛い。あしも痛い。もう、めんどい。

「アオバラ様、どちらへ」

「残りはみんなで片づけられるよね。そこそこ生かしてあるから、適当に見繕みつくろってあげて」

 足早あしはやに去っていくアオバラを、唖然あぜんとして見送りながら「了解しました」と部下の一人がらす。

 人間を殺す時に興奮状態になったり、精神的にひどい負荷がかかる者は多いだろう。だがバラシリーズはその感情が特に希薄きはくな人間が選ばれる。そして、アオバラは敵兵を殺しことで、バラシリーズ内では有名だった。身軽な動きと無駄のない戦闘を好む本人の性格が大きく反映しているが、べつに人間を殺すことに躊躇ためらいはない。そもそも相手からこちらに攻撃をしかけているのだから、やり返してもおかしくはない。

 交渉。手を結びたい。友好関係になりたい。様々な言い分を使う国も多いが、こちらにとっては魅力なんてものがなにもない。むしろ、攻め込まれれば好都合でもある。種馬おとこは必要だから捕虜にすれば、わざわざ他国から買わなくていい。

 どうしても女しか生まれない国なので、男は必要だ。だが、この国の女たちは、男で遊ぶことはあっても、愛し、恋することはまったくない。真似事をすることはあっても、そういう気持ちをいだくことがないのだ。なにかの呪いかという噂もあった。呪いであろうとも、この国はそう成り立っているのだから、どうでもいい。

 血でべたべたするので早く頭から水でも被ろうかと、用意されている部屋へ向かっていたアオバラは、足を止めた。

 ……ヤバイ。トンチキな格好かっこうのやつが通路にいる。

 敵意、殺意はない。つば広のとんがり帽子。足元までおおっているローブ。……よく踏んで転ばないなと思ってしまう。

「やあ」

 うお。話しかけてきた。

 周囲を見遣みやるが、そういえばまだ戦闘中だった。部下や仲間の姿はないが、まあいいか。

「ボクはエトワール。大・魔法使いさ」

 やばい。頭の中もトンチキだ。

 アオバラはやれやれという顔でいたが、剣を持っていないことに、しまった、と少しだけ思う。手加減できるだろうか……。いや、しなくていいのか。

「わぁ~。殺す気満々だね」

「え? 殺していいからここにいるのでは?」

 しごく当然というようにアオバラが答える。

「ちがうちがう! ボクはキミにお願いをしに来たんだよ」

「はぁ……」

 おねがい? 仕事以外でもう動きたくない……。

 自称・魔法使いはすごく困ったように眉根まゆねを寄せる。まあ返り血まみれの女相手に今、するようなことではないだろう。

「場違いすぎるよね……。色んな意味でやりにくいな……」

「えーっと、できれば手短に。疲れてるんで」

「あんな見事な戦闘だったのに? 舞いでもしているみたいだったよ」

「はぁ。よく言われるけど、あまり動きたくなくてああなってるだけなんで」

「そっか。じゃあ手短にね。未来の『キミ』の願いを叶えに……来てるんだけど……。どうでもよさそうだね」

 凝視ぎょうししていると、魔法使いのほうが視線を先にらした。瞬時に右足に力を入れて、身体からだを少しだけかたむける。同時に左半身を少し後方へり、思いっきり左足の蹴りを相手の側頭部そくとうぶめがけて放つ。訓練された騎士でもけるのはなかなか困難な一撃だが、足が当たったのは、見えない壁だった。

 地味に足、いたい。

「うわっ、いきなり攻撃してきた」

「いや、殺していいのかと」

「ダメだって! せめて話を聞いてからにしてよ。それにキミの攻撃は当たらないからね」

「…………」

「毒とかも無駄だよ。あと、ここでは希少きしょうな火薬を使うのもね」

 ぎりぎりと足に力を入れ続けているアオバラの様子に、エトワールがあせり始める。

「なんでそこまで殺そうとするんだよ! 疲れてるんじゃないの?」

「早く寝たいので」

「し、正直者だなぁ……。じゃあそのままでいいよ」

 エトワールが肩をすくめた刹那せつな、アオバラの脳が、妙に揺れた。攻撃を受けたのかと思ったが、姿勢を戻すなりその場にへたり込んでしまう。

「…………つかれる。なんだ、これ……」

 他人の記憶だ。自分ではない誰かの瞳から見た世界。え、ほんとに気分悪い。それに、アオバラにとってそれらはすべて『必要ではない』ものだ。邪魔なものだった。持っていても、百害あって一利いちりなし、であった。

「はぁー……」

 心底面倒だというような長い長い溜息ためいきいて、アオバラは魔法使いを見上げた。

「理解はできないが、協力はする」

「ほんと?」

「これ以上疲れたくないので」

「……素直だね、ほんとに」

 そもそもこのトンチキが言っていることが真実かどうかなど、どうでもいい。仕事以外をしたくない。こいつの相手も面倒で、したくない。

「その代わり、今の変な情報は消して欲しい。戦うのにも、生きるのにも邪魔になる」

「……な、なるほど。わかった」

 立ち上がるのも面倒になってきたなぁと考えながら、勢いをつけて立つ。かなり力を入れていたためか、左足がよろめいたが右足を素早く少しさがらせ、身体からだささえた。

 エトワールが「お見事」と笑う。体幹たいかんきたえるのはこの国の騎士には基本中の基本なのに、なにを賞賛しょうさんしているんだろうか、このトンチキは。

「戦場を舞う、青いリコリスの異名を持つ王を守る剣。命令にしたがい、敵をほふり続ける宿命の星よ。

 『騎士』ユウヅツ=アオバラ。キミの『隷属じゅうしゃ』の物語を、『勇気せんし』の物語として使わせてもらうよ」

「どーぞ」

 適当な返事をしたが、「ありがとう」と小さく言うなりトンチキは消えた。立ったまま夢でも見ていたのかと思ってしまうが、少しだけ、ほんの少しだけ。情報の残滓ざんし辿たどる。

「ふむ。『恋』と呼ぶには、懸命けんめいだな」

 夢ということにしよう。アオバラは考えを切り替え、着替えるために部屋へと急いだ。


 *


 後日。

「きゃー! ほらほら、みんなが見てるー!」

 なぜか同僚に花街に連れてこられていた。制服姿なのに……。

「あー、ほんといい感じ! どの男も見惚れてるし! この羨望せんぼうの視線、きっもちいー!」

「はぁ」

 確かに視線を感じる。見世みせ格子こうしの向こうにいる男たちからの眼差まなざしにうんざりした。

「あっはは! あの目! あんたを組みきたいって感じ!」

「は?」

 なにを言っているのだ、この同僚は。勝手に騒がしいし、もう解放して欲しい。夕飯をおごってくれるっていうからついてきたのに。

「そういうのが好きって男は多いのよ? 征服欲が満たされるからかしらね~?」

「そんなことされたら、殺してしますますが」

「まあそれはアタシもかな~。調子に乗るやつ多いから、ついつい、ね」

「…………」

 もうどうでもいいから帰りたい。はぁ、とアオバラは深い溜息ためいきをついた。

 今日もこの国は平和だ。

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