騎士の物語 2


 馬車に揺られ続けて、やっとだ。アオバラは臀部でんぶさすりながら、馬車を降りた。これだから馬車は嫌なんだと思いながら、駆け寄ってくる同じ制服の娘を見遣みやる。

「お待ちしておりました」

「敬礼とかいらないから。それで、戦況はどう?」

「砦はもちこたえています。ですが、投入された兵力がかなり多いので」

「しつこいなぁ」

 思わずアオバラは悪態をついた。それを聞いた娘はぱちぱちをまばたきをする。まさかうるわしいバラシリーズの者がこんな口の悪いことを言うとは思わなかったのだろう。

 数日前は別の砦で戦闘をしていたというのに、女王か? それとも宰相さいしょうか? 騎士使いが荒すぎやしないか?

 今回もまた、隣国からの侵攻によるものだ。本当にこんな小さな国のなにがいいのか理解しかねる。

「勝てるとか、夢みちゃってるのかな」

 アオバラがぼそりとらす。他国とは圧倒的に国土も差があるし、兵力も違うから。

「新しい捕虜っているのかな……。まあいるか。使い物にならなくなってから補填ほてんするの面倒だし」

「多少は捕まえていますが、現在は特に命令がないので殺すようにしていますが」

「じゃあわたしが出るから、みんなには下がるように指令出して。あと、大量の男をぶち込む荷車も用意して。無理っぽいのは全員殺していく」

 なんでもないことのように言われ、ぽかんとしてしまう相手に、「命令」とげる。彼女はあわてて伝令に走っていった。

 国境にいくつか作られている砦のひとつ。それを見上げながら、少し悩んだ。さすがに補修が必要かもしれない、ここ。


 夜の襲撃が少ない。夜襲はあきらめたのかもしれない。もはやどこの国だろうが興味がなかったので、侵攻国の名をアオバラは聞かなかった。

 アオバラは砦の指令室の椅子に腰かけ、ぼそぼそと指示を出す。

「じゃあそういう段取りで。危ないからなるべく離れてて」

「おひとりで戦われるのですか?」

「ん? まぁ、指揮官にもならなきゃいけないのがバラの役目だし、あんまり好きじゃないけど、なんか他の連中にはって思われてるから」

 アオバラの面倒そうな態度と言葉に、部下たちが不安そうな表情になる。しかし負傷者の数は現時点で少ない。それはこの国の戦力が、他国より圧倒的にまさっているからだった。

「なんでいちいち手を出してくるんだろ……」

 こっちの仕事が増えるだけなのに。

「他国では、女は従属の対象だからですか……?」

「そうかもね」

 他国の女のありかたなど、本気でどうでもいい。アオバラはざんぎりにしている淡い緑色の髪の先を指先でもてあそび、はあ、と大きなため息をついた。

「次の襲撃にはまずわたしが出るから。あとは、指示通りに」

「はっ!」

「いや、敬礼とかいいからほんと」

 それから迅速にアオバラの指示に全員が従った。砦の見張り台にいた者から、襲撃の合図が鳴り、アオバラはやれやれと出陣したのだ。


 砦の門から紺色の制服を揺らして颯爽さっそうと出てきたアオバラの姿に、侵攻してきている兵士たちにどよめきが走った。

 見た目だけは綺麗らしいしね、と心の中でアオバラはらす。毎回こういうリアクションされるの、つかれる。

 腰にいているレイピアを抜いて、目を細めた。目視もくしでも、かなりの数の男がいる。あんなに重たい甲冑をつけていて、なにがしたいのか本当にわからない。動きにくいだろうに。

 すっ、と腰を少し落としてレイピアを構えるアオバラに、敵国の大将らしき男がずいずいと兵たちの間から割って出てくる。ごついうえに、としは微妙だ。あれはいらんな。

「貴殿だけか」

「…………」

「こちらは戦闘を望んでいるわけではない。書簡を送ったのに返答がないため、このように」

「うるさい」

 前口上まえこうじょうの長い兵士の相手ほど、不愉快なものはない。言葉のすぐ後には、アオバラの姿が舞うように移動し、大将の眉間みけん細剣レイピアつらぬいていた。そのまま反動をつけて、兵士たちの中に突っ込んでいく。

 騎馬兵、歩兵、逃げ出す兵、それらをアオバラは蹂躙じゅうりんし始めた。距離をとって待機していた部下たちは、アオバラからの合図を受けるとそれぞれ、指示されたように空中に『持っていた武器』を投げた。

 アオバラが休みなく相手を突き殺しているので、剣がすぐだめになってしまうのだ。アオバラは宙に投げられた武器を手に取るや、再び戦闘に戻る。それが幾度と繰り返される。

 あまりのはやさに、舞踏でもしているのかと勘違いする者も現れた。アオバラは適度に殺し、適度に相手を動けなくしていった。使い物にならないと判断された男たちは容赦ようしゃなく殺されていく。

 部下たちもそれぞれ応戦をしながら、けれども圧倒的なアオバラの戦闘力におののくしかなかった。積み木崩しでもしているように、彼女の手によってあっという間に敵兵たちが、そのかれた布陣ふじんくずされていく。一方的な暴力だった。

「ちょっと休憩」

 そう言って足を止めたアオバラは流れる汗を、髪をきあげて払い、息を吐いた。人間を殺すのもかなり疲れる。本当に面倒だ。

 右腕は酷使したので、痙攣けいれんしている。仕方ない。左腕にするか。

 加減が難しくなるなとぼんやり思いながら、背後からの攻撃をけた。おや、と思う。

 少年兵だ。まだかなり若い。

 顔が良ければ女王のペットにいいかもしれないなと考えていると、油断していると思ったのか、あっという間に兵士たちに囲まれた。理解している連中はあっという間に逃げ出しているのに。

「弓か」

 そのつぶやきと同時に、左手に持ち替えられたレイピアが突く動きではなく、り払う動きをした。アオバラが無造作に振り回しただけなのだが、自国の武器の性能はかなり高い。命知らずの兵士たちの喉元のどもとっ切るには充分だった。

 ひっ、と少年兵が矢を落としてしまう。あんな子供まで戦闘に投入するとは、これは明らかに陽動ではないか?

 だがどんなさくろうしようとも、自国は堅固で、破ることはできないのに。他のバラシリーズでは、もっとひど有様ありさまになることもあるのに、男どもはマゾなのかと思ってしまう。

 震えながら放たれた矢を反射的に簡単にけてしまい、まただめになった武器を捨てる。新しく宙に舞った剣を受け取り、さやから刀身を引き抜いた。

せすぎだな」

 音もなく喉が切り裂かれる。殺しへの感想はなく、返り血を浴びているのと、汗のせいもあって、気持ち悪いことだけを強く感じた。

 かなりの数を減らしたアオバラは残りを部下に任せて、早々に引き上げた。やるべきことは終わった。

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