第三幕

騎士の物語 1


 魔法使いは旅人と出会い、戻って来た。

 魔法使いは涙を流し続けていた。

 幕引きは確かに悲しいものだ。さびしいものだ。

 けれどもやるべきことは、もう決まっている。

 すべて、まだ進んでいる最中だ。

 だから。

 さあ、次の幕へと進め。第三の幕は、もう上がっている。


***


 すべての男は等しく家畜。強いて言えば肉壁。

 団長の声に全員が一斉に姿勢を正した。全員が藍色の制服を身につけている。その惚れ惚れするような中を、行進していく人物がいる。

 この国の宝であり、誰もがうやまう王。

 真っ赤な絨毯じゅうたんの上をゆったりと歩く女王を補佐するのは、近衛騎士、そして世話係をしている地位のある人物だ。

 アオバラは自身の持つ細身の剣を胸の前に片手でかかげ、目線はまっすぐ前に向ける。女王が通り過ぎても、視線すらも微動だにしない。

 完全に女王が城へと入って姿が見えなくなると、団長の命令で剣をおろす。

「隣国からの圧力が増している。国境付近担当の者たちは気を引き締めるように!」

 とてもよく通る声だなぁ、とぼんやり思ってしまうアオバラは、腰にあるさやに剣をおさめた。

「あー! やだぁー! めっちゃヤダァ!」

 すぐ横で今の今まで整ええていた髪の毛をみだす同僚に無反応でいると、いきなりすがりつかれた。

「ねえー! 代わってってば! 今度奢るからー!」

「もうおごる回数溜まってるんだけど」

 言外にやだ、と断ると、その場でブリッジでも決めそうな顔をしてきた。そんなことをされても、嫌なものは嫌だ。

「家畜小屋掃除とかやだ!」

「そんなこと言っても、豚や鶏じゃないんだから……」

「そんなの、どっかの傭兵に……だめだね。うん。盗まれるよね。ごめんね」

「わかったなら頑張って」

「ぎゃー! くそったれ! おまえの当番の時に代わってやんねぇぞ!」

 遠吠えを聞きながら、アオバラは本日の勤務を思いえがく。女王の帰還式は終わったし、それなりに捕虜も捕まえたらしいし、もう数日すれば自分もまた国境へと配備されるだろう。騎士団勤務だから王城付近に常にいるわけではない。他の国はどうか知らないが、この国は平和だ。うんうん、平和だ。

 小さないさかいはあるが、それくらいだ。本格的な戦闘は、この国を占有地にしようとしている他国くらいだろう。

 資源が豊富なわけでも、作物に恵まれているわけでもない。特徴なんてもの、ほんの少ししかないのではないだろうか。

 隊服の喉元がきつい。そろそろ少しゆるめてもいいだろうかと考えていると、るんるんとわざと声に出してスキップをしている同僚の姿が見えた。あちらが気づき、きゃーんとけ寄てくる。ちょっと逃げたい。

「アオバラちゃーん! ひゃっほー!」

「ひゃ……おう?」

「ひゃっほー、だよ?」

「あ、あぁ、はい。そうですか」

 すごい帰りたい。

 同性から見ても愛らしい顔立ちに、少しこてでも当てて髪を軽く巻いている髪型といい、なにより……その長いあしを見せつけるかのように勝手にスカートにしているのも、アオバラとは対照的だった。

「かわいいお顔なんだから、お化粧してみようよー? そしたら見世みせで面白いの見れるのにぃ」

「また花街はなまちですか。いい加減にしたほうがいいですよ」

「んふふ。いいのいいの。ひとを殺したあとって、すっごく興奮しちゃうから」

 ぺろりと舌なめずりをする女性に、あきれてしまう。理解できないわけではないが、男に興味などなかった。

「そんなに男が好きなら、家畜小屋当番、代わってあげたらいいのに」

「やぁよー。あいつらは王様の所持品だし、使い倒されたら城の連中が使うじゃない。その頃は使い物にならなくなってるって」

「でも花街の男も、似たり寄ったりでは……」

「まあ芸を売ってるやつは一人もいないけどさ~」

 ほらやはり。どこの種馬たねうまも、似たようなものだ。どうでもいい。

「パン買って帰りたいんです。今日はもうこれで終わりなので」

「だったらお姉さんがおごってあげる~」

「花街にはいきません。眠いんです」

 早朝から整列させられたのだ。非番なのだからもう帰って惰眠だみんむさぼりたい。

 同僚のしつこい誘いにうんざりする。そもそもわざわざ男漁りに行く神経がどうかと思う。

「べつにパンとやっすい紅茶くらいでいいんです。娯楽品には興味ないんで」

「あははぁ~。でも一回くらいは付き合ってよね。べつに買わなくていいのよ。あんたを見せびらかしたいってだけ」

 なにが面白いのか、彼女はニヤニヤしている。

 アオバラは彼女の横を通り過ぎて、詰襟つめえりゆるめた。


 通りを行きう者たちは、楽しそうにウィンドウショッピングをしている。ガラス越しに飾られた衣服を見ては、楽しそうに話し合っている。質素な衣服ではあるが、それなりに目立つ外見をしているので、アオバラはちらちらと感じる視線にげんなりした。バラシリーズは外見だけはいいから私生活で困ってしまう。

 パン屋のドアを開けようとした瞬間、すいっと身体からだひねった。彼女の手首をつかもうとした人物が空振からぶりになり、そのまま地面に崩れ落ちた。

「先輩! なんで避けるんですか!」

「いや、普通に反射で」

「いったぁ」

 受け身をとったからそれほど痛いわけはないはずなのに、後輩である彼女は大げさにそう言いながらすぐさま立ち上がった。

「伝令です」

「非番なんだけど」

「ちょっと面倒なことになって、先輩にも召集がかかったんですよ」

 なんてことだ。

 心の中でショックを受け、アオバラは激しく落ち込む。目の前にはパン屋。なんて……ことだ。唇を少し「へ」の字に曲げて「わかったよ」と返事をする。

「もー。そんな顔しないでくださいよ。好きでここまで来たんじゃないんですからね、わたしも!」

「他のバラシリーズでいいんじゃないの……?」

「シロバラ様とクロバラ様は陛下の護衛をしてますし、アカバラ様は別の任務中。強い順に当たって、そして非番の先輩が選ばれたってわけです」

「…………」

「終わったらなんでもおごりますから!」

「みんなそう言って、約束守ってくれないじゃん……」

「それは先輩がほとんど首都にいないから……。ああ! 早く早く! もう移動しないと!」

「せ、せめてパン一個だけ買わせ……」

「先輩走って!」

「……はい」

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