旅人の物語 2

「どう、かしら? あんなに身体カラダつなげていたのに、つなぐことにひどくこうふんして、我をわすれていたのに、あのひと、いつ気づいたのかしら?」

「……そこにもう、キミの魂がなかったからじゃない?」

「あのからだにわたしの情報をいれてあげたのに、いきなり泣き出しちゃって。びっくりしたわ。ほんとうのわたしに、あいたいっていうから」

「…………」

「月までおいでっていったら、ほんとに来ちゃうんだもの。わたしのウツワを連れて。

 器を連れてきたから、てっきり弱くなった電気をなんとかしたいのかなっておもったの。ときどきわたしが遠隔で電気を送っていたけど、もうしんでるから、どうしても電気がすぐ消耗されていたの。だって、あんなにあの身体カラダをあのひと、よろこんでいたから。常に電気をながしていれば、まんぞく、するでしょう?」

「その男は、まんまとキミにだまされていたのに。キミを全部欲しがったんだね。キミから見れば、彼の欲望が増したようにしか、見えないよね」

 きょとんとしたまま、ドロシーは首をかしげる。

しゅの存続に必要な行為では、なかったもの。しかたないわ。したいでは、しゅはのこせないもの。ぁあ! そういうことね。

 こどもができなかったから、気づいたのね。そうねそう、きっとそう」

 やっと正解を見つけたと言わんばかりに、喜びを表現するように鳥籠をひどく激しく揺らす。

 彼女を閉じ込めるおり。ひとであった彼女自身が、危険だからとカゴを作り、両の足首の足枷あしかせに長いくさりをつけて、外に出ないように。見るだけにしろと。

 広げた翼がカゴいっぱいになっているのも、羽ばたきを邪魔するため。彼女は飛べない美しい鳥として、色のみえない世界を見続けるしかなかった。

 彼女はこの城の主として君臨していたが、何十もあった衛星の数も減っている。知的生命体を月に呼び、時には運び続け、摩耗まもうしていくのはまさに自殺行為といえた。

 保管していた地上の身体からだを解除して電気信号を流すという、初めて愛をささやき続けた男の願望を満たすためだけにしたことが、彼女を破滅へとみちびいた。なんという皮肉だ。

 男の愛が、彼女を壊した。

 いいや、彼女は愛に関心を寄せたに過ぎない。認識できないものを、男が何度も何度も、ように言い続けたからだろう。

 彼女の情報では、人間の愛というものは生命の存続には必須なものではない。そもそも、恋も愛も、感情に呼び名をつけたもののひとつに過ぎない。

 やはり取引をする二番目に選んだのは、正解だった。

「キミの知りたいこと、教えてあげる」

「えぇっ? ほんとう? そんなことできるの?」

「できる。ボクは約束したから。未来の彼女の願いを叶えるために、ここまで来たんだから」

 それに。

「ボクは大魔法使いだから。男の言う『愛』ではないけど、キミの欲しいものは、あげる」

 刹那せつな、ドロシーの姿が明滅めいめつし、バチバチと火花が飛ぶ。

 ドロシーの視界が白黒だったものから一気に鮮やかになり、色を、。情報を理解できたのを喜ぶひまもなく、それらはあっという間に奪われていく。

 まってまってと、ドロシーは格子こうしから手を離し、伸ばす。やっとつかめたものが、消えていく。遠ざかっていく。

 器を動かして男を喰らい、心臓をむさぼってもみえなかったものが、みえる。だが、はじけて、きえた。

「いや、いやいや! いやぁ!」

 だれの情報? なんの情報?

 こんなに胸が痛い。痛いという感覚が嬉しいのに、消えていく。どうして消えるの。やっと。やっと。

 ニクい。ヒドい。うそつき。うそつきたち。どうして、どうして。

 呪いをらすように、ドロシーの唇からひび割れた音が落ちる。

「『わたし』を壊すなんて、ゆるせない」

 何百、何万、何億という人間の有様ありさまを見てきた。が見た世界にいる人間たちは、地上にもいた。たくさん、いた。特別でもなんでもない。

 ばちん、と大きくはじけた音が響き、明滅めいめつを繰り返していたドロシーは、うつむかせていた顔の映像を、動かす。

「あまはら、なぎ。愛を手に入れた、わたし。うらやましい。ねたましい。でも、きっと、あのひとの言っていたあいとは、ちがう」

 白濁はくだくの瞳を動かし、静かに続ける。

「エトワール。至高の魔女の名を持つ者。

 わたし、『ドロシー=セターレ』は、あなたにあげるわ。いきていたときのわたしではなく、今のわたしのもとにきた、迷いもせずにに一直線にやってきた、あなたに、あげるわ」

 ゆっくりと翼の形の骨が伸びていき、かごをみしみしと圧迫し、内側から破壊していく。エトワールはその様子に、少しずつ距離をとりながら、視線を合わせていた。

 周囲を飛んでこちらを観測する衛星たちは、彼女の『』。魔法ではなく、ひとつの科学の結晶からできている彼女から視線をそらすことは、拒絶を意味する。

「さあ手を伸ばして。彼女の短い時間とは容量が違うの。わたしの『一瞬』は、彼女の『一瞬』ではないから、しっかりと、受け取って」

 いざなう手ではない。

 ドロシーの伸ばした手と、破壊され続ける檻は連動している。彼女は、機能を停止しようとしている。ここから放たれようとしている。

 エトワールは映像の手に、そっと、指先を重ねた。

 ぴくり、と彼女の映像がかすかに揺れる。そして、彼女はうすく笑った。

「彼女のお願いを、叶えてあげて。あなたは、約束をまもってくれる。あなたは『執着者しゅうちゃくしゃ』。ながいながい時間の中で、よく、彼女みつけてくれたわ。

 ほかのわたしを知るあなたに、わたしの『物語』を使える可能性がある」

 音がどんどんひび割れるというのに、彼女の姿は光を増していく。エトワールがレンズ越しに、目を細めた。

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