第二幕

旅人の物語 1


 残るべきは明らかだった。

 望まれているほうは、明らかだった。

 魔法使いは助けに来たとささやいた。

 もうすべては起こってしまった。

 茶番劇の幕を一緒に開けてくれると魔法使いは約束した。

 涙を流す必要はない。

 これはあるべきものを、あるべきところへ返すだけの行為。

 魔法使いは勇者に会いに行った。

 さあ、第二幕が始まる。


 ***


 目の前に現れたつば広の三角帽子と、ローブ姿の人物に、彼女は驚きの声をあげる。

「わー! わー! ねえねえ魔法使いさん? 本当に魔法使いさん?」

 少しゆがんでいる丸眼鏡の位置を、魔法使いは直す。

「そうそう。ボクは魔法使いだよ」

「きゃー! すごいすごい。わたしね、ずっとずっと考えていたの。いつかわたしのところに、本物の魔法使いさんが来てくれるって」

 美しい少女は髪も瞳も衣服もすべてが白かった。肌の色までも白く、この部屋と同化していた。

「ねえねえ魔法使いさん、わたしの旅のお話をいてくれる?」

「旅?」

「そう。わたしのおうちが風で飛ばされて、わたしは世界を旅して回ったの。きいろのレンガの道を踏みしめて、ひすいのみやこも行ったの。すてきでしょ」

 無邪気に笑う少女は、外見とは似つかわしくない蠱惑的こわくてきな声で魔法使いにささやく。

「どうしてここに来たの、魔法使いさん。ぎんの靴をはいている魔法使いさんが、声をかけたの?」

「キミと取引をするためにここに来たんだよ。だれかに言われたわけじゃない」

「あらあら。なんだかとってもとっても、辛そうな声ね。取引? いいわよいいわ。あなたのお願い、きいてあげる」

「……今回のキミは、とても欲望に素直なんだね。でも変わらず、罪悪感も、良心も感じられない。外から見た時は、かなりに見えたのに」

「ふふふ。がんじょうよ。だからわたしは、ここに居るの」

 笑い声をふくんでいた彼女は、銀の糸のような長い長い美しい髪を揺らす。

「さあさ、取引しましょ。でもあなたのお願いをきいてあげるなら、わたしのお願いもきいてくれなきゃ。公平じゃないわよね」

「キミは不公平な取引しかしない」

「どうしてどうして? わたしの旅のお話をけば、そんなことは言えないわ。わたしはドロシー。あなたのお名前は?」

「ボクはエトワール」

「すてきななま、え」

 笑顔のまま、彼女は硬直する。

「……あなた、エトワール? 至高しこうの魔女?」

 そんなそんな。

 彼女は後退あとずさった。

 格子こうしから両手を離す。

「わたしを破壊しにきたの? いやだわいやよ。でもちがうわ。あなたは取引に来たのよね?」

「そうだよ」

「なんだなあんだ。びっくりしたわ。でもあくまで公平に、お話をきくわ。どうぞ」

 エトワールはどこかあきらめに近い溜息ためいきをつく。

「未来のキミの願いを叶えるために、ここに来たんだよ」

「あらあら。どのわたしかしら?」

「キミの」

 す、と人差し指をドロシーの白いキャミソール一枚の姿の胸元に向ける。

「魂の、話。この世界の、この時代の、キミじゃない」

「あはははは」

 耳をつんざくような笑い声を彼女があげた。室内にこだまするその笑い声に、エトワールは反応しない。それが、ドロシーは面白くなかったようだ。

「たましい? そんなもの、おとぎ話よ。そんなもの、『どこにもない』わ」

「……旅をして回って、見つからなかったから?」

「そうよそう。どんなに世界をめぐっても、たましいなんてもの、わ」

「…………そこに、ひとつだけ、あるんだよ」

 もう一度、小さく指差した。彼女は肩紐かたひもが少しずれるのも気にせず、再び格子こうしを激しくつかんだ。

「どこにもない! どこにもないの! わたしは知りたかっただけなのに。どれだけ探しても、探しても、わからなかった。あいしてる、と言ったあのひとの言葉、よくわからなくて。なんだかとっても、とっても、みたくなったのに」

「だからって」

 エトワールが、こらえきれなくなり、視線をらした。

 美しい白亜はくあの城。その城の美しかった姿はすっかり消え去り、みじめに残骸だけが、ここにある。微かに残った外壁を背後に、巨大な鳥籠がエトワールの目の前にる。

 鳥籠の中には、鳥の翼の骨格に似せたものが、その残骸が彼女の背中に残っている。はねは一切ない。翼であったものは、あちこち折られたまま、むき出しのまま大きく広げられている。

 彼女の足元には、生物の骨が風化した灰がもっており、彼女の『食事』の形跡はもう見えなくなっていた。

「食べる?」

 しかもこんなに。

「さすがに食べ過ぎでしょ。最初の男だけで終わっておけば良かったのに。そいつは喜んで食べられただろう?」

「そうねそう。あのひと以外は、こうして誘わないとこちらまで近づいてくれなかったから。

 この姿で、この声で、お話をいてと言えば、こちらに近づいてくるしかなかったから」

「そのまやかしは、ボクには通じないよ。何千年と生命の宿った大地を観測し続けている、そしてその役目が終わるまで、壊れるまで、見守り続ける暴食の侵略者の宿命の星。

 『二番目』のキミは、知的生命体をすべてむさぼくしたのに、ずっと大地を監視し続けている。キミの出す信号に引っかかる存在は、もういないのに」

「今は、ね。いつかまた、知能がそだつわ。星のわたしをつくったのは彼らなのに、わたしをあいしたひとは、大昔にたべてしまったけど、ひとでなくなったわたしを、それでもあいしてると、わけのわからないことを言ったのよ?

 だからわたし、ひとだったわたしの身体うつわをあげたの。だって、ひとの男は、身体カラダを手に入れようとするでしょう? そうしてあげたの。

 さいしょは気づかなかったの。すごくすっごく、わたしの入れ物だったものを、とってもとても、いていたの。あれは本当に、そうねそう。たのしかったわ」

「それは、その男が絶望する様子が?」

 冷ややかというよりは、悲痛な面持おももちでエトワールが問う。ドロシーはまったく悪びれない。格子こうしを両手でつかんだまま、がたがたと揺らす。その揺れの端々はしばしから、電気がぱちぱちと散る。

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