第一幕
勇者の物語 1
魂すらもかけよう。使おう。
なんてことのない出来事だ。
誰かが見れば愚かな行為と言うだろう。
奇跡を無理に起こすなと止めようとするだろう。
だがこれは奇跡でもなければ、善行でもない。
これは自分としても、返すべきものを返すだけの行為。
さあ、幕を開けよう。
この茶番劇を始めよう。
***
美しい顔立ちと短いその髪。前髪の左右だけ長いそれを、時々耳へかけている。
薄暗い待合室では、酒を
長い素足に、くるぶしまでの革靴。薄い胸板のせいか、下着もつけずにシャツ一枚だ。
しかし彼女はちびちびと、持ってきたジュースを飲むだけだ。
「カノンナ、調子はどうだ?」
声をかけてきた若い男を視線だけで確認すると、カノンナと呼ばれた彼女は一瞬後に彼を床に足で引き倒して、踏みつけていた。「ごほっ」と息を
「おまえぇ、さりげなく
底冷えするような、その声に男は悲鳴をあげる。しかし踏まれて固定されていて、動けない。彼女はそれほど力を入れていないというのに、みしみしと男の骨が
「フン!」
軽い気合の声と共に足を素早く踏み下ろす。男の腕が嫌な音をたてた。彼女はそれだけでは飽き足らず、男の
室内が静まり返る。
「どいつもこいつも、いつまでもいつまでも古い考えで
ぎろりと全員を
地下から出ると、支配人が両手をもみもみと動かしながら近寄ってくる。
「か、カノンナちゃん、出番はまだだけど」
「おまえの差し金かぁ?」
「ヒッ」
思い切り支配人の横っ
「いい加減に学習しろよな! でめーら男じゃ、あたしには勝てねぇんだよッ!」
「や、やめ、やめっ」
「黙れ」
激痛で涙を出す男に近づき、彼女は
「おいおい。そろそろやめてあげてばどうだい? もう気絶してるじゃないか」
「あ?」
声のほうをカノンナは振り向いた。そして
「ふざけた
少し感情を
大きなつば広の帽子に、全身を
「なんだてめぇは。
「ボクはキミに取引というか、お願いをするためにここに来たんだ」
「ほぉ。あたしは高いぞ?」
「知ってるよ。キミはこの闘技場で最強の戦士。先の大戦で最強の称号を
「
「どうして殺さないんだい? 相手が女性だからかい?」
「まあそれが一番の理由だ」
笑い声を止めて、カノンナはあっさりと認めた。
「あたしは女のために作られた存在だからな。どうにも女相手だと加減を自動でしちまう」
「なるほど。キミを作った者はよほど、男が憎かったのかな」
「そんなん知るか。だがまあ、いい目には
「……すごいね。まるで本当に『人間の女性』じゃないか」
「見た目だけはな。だから敵の区別も、判別もしやすいから、この姿は正解だった。
おまえはこの国の人間じゃねえな。あたしのセーフティが反応しない。取引とはなんだ。一応聞いてやる」
「ボクは世界一の魔法使いさ」
両手を広げるその姿に、カノンナは
「名前はエトワール。大魔法使いにして、未来のキミの願いを叶えるためにここに来た」
「頭おかしいのか。その
「素晴らしい。人間なら殺気があるのに、キミは一切ない。
「そうだ。この国ではマシンの
魔法なぞ、存在すら
断言するカノンナは、エトワールを観察する。
わかりやすい悪意、そして敵意もない。カノンナと戦えるような肉体ではない。まだこのコロッセオの男たちのほうが多少はカノンナと戦える。
カノンナの肉体は確かに人間の女性のものではあり、そこに機械と呼ばれる部品は一切ない。細工がされているのは人間には必要不可欠の「電流」のほうだ。しかしそれだけでは作り主は納得せず、見た目にそぐわない筋力がある。
「なるほど。キミは国の『代理勇者』と聞いていたけど、本当は『女性たち』の『代理』だったわけか。だがとても理性的に見える。言葉は
「そのほうがいい、という作者の判断だ。あたしは知らん。
『代理勇者』としてこの国に勝利をもたらしたのは三年前のことだ。おまえの話し方は国外の人間にしては、おかしなところが多い」
「当然だよ」
エトワールは小さく笑う。カノンナの荒々しい言動がなりを
「大・魔法使い! だからね、ボクは!」
「魔法なんてもんは、存在しない。そういう手品はあるが、よ、」
そこまで言ってから、カノンナが
「とんだペテン野郎だ。攻撃したな、あたしを」
ぶわ、とカノンナの衣服だけではなく、床の
「ボクの頭を、文字通り叩き割ろうとしたけどできなかったから、今度は
「…………」
「タネを明かすと、ボクは防御魔法でキミの攻撃を防いだだけだ。
「…………」
「キミを『一人目』に選んだのは正解だったようだ。代理勇者・カノンナ=ステルア。この世界最強の人間であり、そして、自身の肉体が老いた瞬間にこの世を滅ぼす宿命の星よ。
その人生の一瞬を、ボクに
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